インターネットによって変容しつつある時間感覚について。

・変容する時間感覚。

僕たちの時間感覚や情報の扱い方は、まだ数世紀の歴史しか持っていない。精密な時計が発明されたことで、生産性を客観的に測る指標が生まれ、それが労働力の管理と資本主義の誕生を促した。
情報を印刷物として保管して、図書館や書庫などの空間に配置することで、人々は時間を可視化できるようになった。古い情報から新しい情報が秩序正しく整理されていて、文字化された情報を見ることができる。
デジタルではない世界は、「見ることができる時間」によって支えられている。本棚に収納されている書物のバックナンバーは、そのもっともわかりやすい形だ。
形のなかったものが視覚化される。時間は目に見える時計の針になり、言葉は紙に印刷されるようになった。これを僕たちは当たり前のように錯覚するけれども、時計と印刷術が普及するまでは、時計のない時間の中で人々は生きていて、音が空気に融ける言葉を使っていた。
過去の情報に簡単にアクセスできるようになってから、僕たちは過去というものを意識するようになった。過去を文字として記録し、必要なときに参照できる。このプラットフォームが僕たちの時間意識に大きく影響している。

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アメーバや成形肉になる世界。

SNSをやめた理由の一つは、自分の言葉を失ってしまうそうだったからだ。簡単に情報発信ができるプラットフォームを使っている間に、自分の言葉や振る舞いが平板なものになっていく。
自分の言葉がまとまった文章ではなく、細切れの断片になる。他人の喋っている言葉と判別ができないほど、言葉の響きや字面が似通ってきて、自分と他者の境界線が曖昧になる。最後にはSNSというアメーバ状の生き物に取り込まれてしまう。「私」という個人が、ある出来事について言葉を発するのではなくて、「SNS」の流行を構成する一つの細胞でしか無くなる。
コメント欄やSNS、まとめサイトは、どこの誰ともしれない人たちの断片的な言葉をつなぎ合わせて、ひとつの記事に加工している。それは屑肉を集めて作られた成型肉のように見える。
アメーバ、成形肉。どの言葉も、私たちが確固とした個人ではなくて、輪郭線を失った部品になっていくイメージがある。私たちはゆるやかに人間性を剥奪されていく。顔を失って、ネットの流行を形作る水滴のひとつになる。骨を取り除いてすり身にした魚は食べやすい。それと同じように、個人をバラバラに切り刻んで、骨を抜いて、消費しやすいように加工している。
それが今のインターネットではないのか?
一人一人の複雑な側面をもった人間は求められておらず、コンテンツとして簡単に消費しやすい単位にまで「私」が細切れにされる。理解不能な他者に歩み寄る必要もない。多面性のある人間は、一面的なキャラクターに切り分けられる。

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呪術的逃走のローグライク。

・呪術的逃走のローグライク。

ウィザードリィはダンジョンの純文学であるとはよくいったものではあるが、ではローグは何か。神話である。口承である。カフカ的な不条理か、それともドイツロマン主義か、シュルレアリズムか。どれだけ合理的な選択をして、入念な準備を整えても、死ぬときには死ぬ。攻撃が外れるときには外れる。人間には制御できない圧倒的な死が、プレイヤーの命を握り潰す。それがローグライクダンジョンである。

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こりゃ英和を購入した。

英文に日本語のルビをつけてくれる訳振りパッドが目当てだ。英文読解に費やす労力のほとんどは単語を辞書で引くことだ。クリックで電子辞書を検索できるようになっても、クッキークリッカーのごとく延々と見知らぬ単語をクリックしなければならない。ボタン一つで仕事が終わるようなら、今度はボタンを押し続けることが仕事になる。
英単語を見て、これは日本語でこういう意味だよね、と読解するまでに若干のタイムラグがあって、漢字を読むようにダイレクトに読めない。
訳振りパッドは便利なツールで、辞書引きの労力を大幅に削減してくれる。まず使われている単語から文章全体の雰囲気を感じ取ってから、実際の英文を読んでいく。

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アイドル天皇・デモクラシー編

「教育勅語も核になる価値観や、現代でも通用する道徳はとりもどしていかないといけないよね」と発言した政治家が炎上した。罪状は不敬罪だ。天皇陛下のお言葉である教育勅語を貶め、臣民としてのあり方を道徳にまで矮小化する。キリストを欠いた聖書、アッラーのいないコーラン、天皇陛下に忠誠を尽くさない教育勅語だ。右翼は堕落した。真の保守はどこにもいない。
我らが日本国臣民の精神的骨格は自己犠牲の上に成り立っている。大義のため、国のため、家族のため、郷土のため、自分自身よりも大きなもののために自分の命を投げ捨てることもいとわないという利他的な精神を涵養することが日本人としての義務であり、誇りである。
左翼は人権軽視だとか教育勅語による洗脳だとか難癖をつけるが、それにも一理がある。自己犠牲の精神が為政者にとって便利な支配の道具になってしまったことは否定できない。だがその一点だけですべてを否定するのは妥当だろうか。
自分自身を価値判断の軸にするのではなく、公的なもの、家族、郷土、国家を中心に据える。そのことで我々は利己的な振る舞いの牢獄から脱出し、人間として成熟することができる。何も天皇のために無駄に命を投げ捨てろと言っているのではない。それではただの集団自殺だ。
この価値観は日本だけに特有のものではない。聖書にも『もし一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。しかし死ねば、豊かな実を結ぶ。自分の命を大切にするものはそれを失い、この世で自分の命を顧みないものは、それを保って永遠に至る。(新約聖書 ヨハネによる福音書 12:24)』と書かれており、この言葉はしばしば犠牲を正当化するために使われてきた。

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ヘイトスピーカーのために。

おれはヘイトスピーチのデモ動画を見て、思わず祈ってしまった。差別的な言葉を叫んではいるが、それが憎悪や暴力であるというよりかは誰かに助けを求めているように聞こえた。やつらはヘイトの中で苦しんでいる。でも自分でも苦しんでいるとは気がついていない。
おれはヘイトスピーカーが傷ついた獣のように思えた。攻撃的な言葉を振りかざすのは、他者を攻撃することでしか自分の身を守れないからだ。表面的に見ると紛れもないヘイト発言でしかないのだけれども、おれにはそれがリベラル思想に対する失意の声に聞こえた。
それは「おれ以外のための民主主義とリベラル」に対する呪詛だ。

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きららファンタジア幻視編

きららファンタジアを幻視する日々が続く。
おれは待ちに待ったきららファンタジアの出来の悪さに憤慨していた。魅力的なキャラクター!……を台無しにする、全てがなんとなくで組まれているゲームバランス! このような現実を真っ正面から受け入れられないおれは心の中で、この世界に存在しないきららファンタジアをプレイすることで現実逃避し、自分の心を守ることで精一杯だった。
これはおれのプレイ記録である。

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LGBT+と「言葉に置き換えられない自分/他者」

・LGBT+と「言葉に置き換えられない自分/他者」

『13歳から知っておきたいLGBT+』という本を読んでいた。男女の区別だけではなくてゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダー、アセクシャル、クィアと言った様々なジェンダーアイデンティティーが紹介されるのだけれども、その数が多い。バイキュリアス、トライジェンダー、ジェンダーフルイド、デミセクシャル……。LGBTがLGBTQになり、LGBTQIA+になって、ジェンダーアイデンティティーの概念がどこまでも拡張している。
彼や彼女ではなくて、性別的に中立な代名詞(Gender neutral pronouns)というものもある。性的指向と恋愛対象となる性別に違いがある場合もある。

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屑人間になろう! 実践編。

屑人間になる方法は、学校では絶対に教えてくれない。奴らがおれたちに教えるのは、社会に役立つ人間になるとか、立派な人間になるとか、誰かのために生きる人間にならなければならないということだけだ。誰かの役に立つのは結構なことだが、自分の存在理由を他者に丸投げするのは好ましいことではない。それでは承認欲求モンスターになったり、最悪の場合は他者のために生きられないがために自殺する。
社会の役に立つというのは、「お国のために奉公する」というフレーズを言い換えたものだ。大日本帝国は滅んだが自己犠牲精神だけはしぶとく生き延びた。皇国日本の臣民としてお国のためにその身を捧げるのか、戦後民主主義日本のビジネスパーソンとして社会に役立つ人材になるのか。違う言葉を使っていても、語られていることは同じだ。おまえはおまえ以外の誰かのために隷属して生きなければならない。
屑人間になるということは、自分自身のために生きるということだ。社会の役に立たないし、立派な人間にもならない。人のためには何もしない。誰のためでもなくまず自分自身の幸福を最優先にする。それが屑人間化計画のファーストステップだ。自分を大切にできないやつが他人に優しくなれるはずがない。
この価値観は戦前では非国民扱いされるだろうし、現代社会では屑人間の烙印を押されて生きることになる。おれが好きな第二次世界大戦時の生存テクニックは、「アウシュヴィッツではまじめに働くよりも、徹底的に仕事をさぼって殴られた方が体力の消耗が少ない」という話だ。看守に殴られないように必死に働いたやつから疲労で死んでいく。満員電車の乗車率が常時アウシュヴィッツ輸送列車を超えるとされる日本でも、間違った方向で頑張ったやつから死んでいく。

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