俺以外は全員バカ症候群


「この世界でいちばん頭の悪いのは俺だ!」という気持ちで生きる。
自分以外の人間は痴愚迷妄に閉ざされており、俺だけが現実をありのままで見ており、誰よりも冷静な判断ができる。そう考えてしまうのが現代の宿痾だ。どのような政治的立ち位置を取るにせよ、一方は「あいつらはお花畑の住人で、俺たちは現実主義に根ざしている」と思っていて、もう片方は、「あいつらはフェイクニュースと権力に踊らされる哀れむべき人々であり、冷静で賢い我々が無知蒙昧な大衆を導かなければならない」と信じている。
これを「俺以外は全員バカ症候群」と呼ぶ。

でもちょっとまってくれよ……。どんな人間も利口ぶっている。俺はそんな連中とは違って、一歩離れた視点から冷静に現実を俯瞰している。そう思っているおれは、その一段階上を行く「俺以外は全員バカ症候群」ではないのか? そう思い至ったときに、おれは知性を捨てた。
自分が馬鹿で頭が悪くて、劣っているとはどうしても思いたくない。おれのあたまがわるいという冷徹な事実を突きつけられ、劣等感にさいなまれて生きていくぐらいならば、優しく甘い幻想に引きこもるほうを選ぶ。俺は頭がいいに違いないんだ! 勉強ばかりしてきたお坊ちゃんは現実を知らない! 俺が! 俺だけがこの世界を誰よりも深く、冷静に、客観的に観察することができるんだ! という妄想にしがみつく。ソースはおれだ。
おれは実質小卒だから分かる。本の著者プロフィールを見たときに、難関大学なんとか学部って単語を目にすると胃がキュってなって、変な胃液が込み上げてくる。俺も社会資本が潤沢な家に生まれ、幼い頃から英才教育を受けて、発達障害の診断を早期に受けて体質にあった教育さえ受けていれば、もっと違った人生になったはずなんだ……って気持ちになるよね。この劣等感を解消してくれるのだったら、悪魔にだって魂を売る。今なら送料を負担してもいい。
この話をし始めると、心の中で見えない敵を作り出して、血反吐を吐くまで戦い続けてしまう。精神安定剤を飲むから、気持ちが落ち着くまでちょっとまってくれ。
そうだ。俺の頭が悪いという話だ。でも人と知能の優劣を競い合って、それで一喜一憂したり、人間ランキングを付けたりするような思考回路の方が頭が悪いのでは無いのか? 俺の頭が悪いのなら、より頭のいい人間に土下座して、その知性を借りるべきでは? それが共同社会のあり方だし、俺が劣等感を抱くこともないのでは?
 どうして俺はこんなにまで、他者と競い合うという発想に囚われているんだ。
 戦いたくない……みんなで手を繋いで大きな輪になって、ケシの花畑でうふふ、あははって笑みを浮かべながら幸せに暮らしたい。太陽さんもお花さんも、満面の笑みで私を大好きって言ってくれるの! 鼻の短いピンクの象さんと、ステンドガラスの羽根を持った蝶々やトンボさんがいて、エレクトリカルパレードみたいな声で鳴くの!(※今日の日記に、とくに結論らしきものはありません)