幼女道〜YO-JO-DO〜 柔肌装甲(ぷにはだ)ダゴトー・オリジン編


幼女道〜YO-JO-DO〜 柔肌装甲(ぷにはだ)ダゴトー・オリジン編
 我々自身が幼女にならなければ、真の意味で女児向けアニメを鑑賞できない。その事実を悟った時に私は打ち拉がれた。幼くも無ければ、女性でもない。精神年齢の話で言えばかろうじて女児と渡り合えただろうが、私は幼女ではなくて、二十歳を越えた男性だった。
 近時の女児向けアニメは、20代、30代の男性が観ても楽しめるように、あえて間口を広げていることが多い。スタッフもそれを見越して、あえて女児には理解できないパロディを注ぎ込んでくる場合も珍しくはない。しかし、我々はそれで満足なのだろうか? 女児向けアニメの本質を掴み取るためには、私たち自身が幼女にならなければならないのではないか?

女児のために作られたコンテンツだけが、私の魂を安らかにさせた。だが私は幼女ではない。就学前の女の子が「わぁ、私もきれいなドレスを着て踊りたい! アイドルになりたい!」という純真無垢な心でアイカツを観ている時にも、私の邪悪な魂が「この世界にもジュニアアイドルの仕事とかあるんだろうなー」と囁きかける。
 私も幼女になって、アイドルに憧れる気持ちを胸に秘めてアイカツを観たかった。そのためならばこの身を悪魔に売り渡そうとも構わない。メフィストフェレスと契約するファウストの如き気持ちであり、神に背いて出ても人造人間を作りだそうとするフランケンシュタイン博士の心境でもあった。
 私は実験室に籠もり、幼女になるための研究に没頭した。
 まず最初は身体の組成を女児へと近づける試みだ。女性ホルモンの過剰な投与と、IPS細胞を活用したアンチエイジング技術の応用、整形、私財を惜しみなく投じ、最先端の科学技術を組み合わせることによって、成人男性の身体を限りなく幼女へと近づける理論が完成した。
 ある程度、身体の幼女化の目処が立ち、次に私は精神の幼女化技術の開発に取りかかった。自らを幼女だと思い込む暗示や、冷戦時代にソビエト連邦で研究されていた洗脳(ブレインウォッシュ)の手法、それに加えて脳を萎縮させることによって知能レベルを五歳児相当にまで低下させる過激な方法論も追求した。私が目指すのは真の幼女だ。身も心も、魂のレベルから女児になること。それが私の望みだったのである。
 そして人体実験を行う日がやってきた。マウスを用いた試験では老化したマウスが女児マウスへと変わった。むろん、人間にこの技術を適応するのは初めてであり、命が助かる保証はない。それでも私は幼女になろうとした。幼女でなければ、死んだ方がましだとさえ思っていた。注射器の針を血管に打ち、幼女化薬を投与する。この場で理論の詳細をここに記すことは出来ないが、一言で語るのならば「アメコミに出てくるマッドサイエンティストのお約束」だ。蜘蛛に噛まれた男がスパイダーマンになるように、幼女遺伝子を人工的に投与することで私は幼女になるのだ!
 しかし私は忘れていた。「アメコミのお約束」に従って幼女になろうとした私は、実験に失敗してクリーチャー化するというベタな展開に従わざるを得なくなった。人間でもなければ、幼女でもない異形の生命体がここに誕生してしまった。
 幼女男。私は幼女になったわけではない。三メートルを越える巨躯と200キロはくだらないだろう重量を持ち、ぷにぷにした柔らかい肌と細い髪の毛が自慢の化物になった。知能は低下し、冷静な判断力は失われていた。自分自身を幼女だと信じ、私は外に飛び出した。これで人の目を気にせずにアイカツの筐体で遊べる! その思いに満たされた私の前に立ちはだかるのは、ジュラルミン製の盾と銃で武装したロス市警だった。おまわりさんこわい。わたしはなにもわるいことはしていないのに、どうしておまわりさんはわたしをつかまえようとするの? 幼女特有の恐怖心に駆られた私は警察官に襲いかかった。警官は血を吐いて、コンクリートの地面に叩きつけられた。発砲許可が下り、ピストルの弾丸が私の柔肌に打ち込まれた。
 私は泣いた。幼女特有の甲高い鳴き声は一種の音響兵器となって周囲に響き、警官たちの鼓膜を破った。ビルのガラスが割れ、破片が降り注ぐ。
 私は本当に幼女なのだろうか? 可愛らしい女児になろうとして人間でも幼女でもない異なった生き物に変わっただけではないのか? 不安と心細さが、人一倍繊細になった精神を締め付ける。無駄に感情的になるのも幼女化実験の副作用だった。
 割れた窓ガラスが降り注ぐ中、悠然と一人の幼女が私に近づいてきた。
「あ、あれは?」市民が喝采を上げた。「プロ幼女だ! WYA(世界幼女連盟)から派遣されてきたプロ幼女がやってきたんだ!」
 プロ幼女。風の噂で聞いたことがある。この世界には己の肉体を鍛錬し、幼女の道を極めた者たちが存在している。彼らは幼女のプロフェッショナルだ。人間の持つ可能性を追求して、自らを幼女へと近づける厳しい訓練を積み重ねていると言われている。私が科学の力に頼ったのは真逆の方法で、幼女の高みに登ろうとした者たちだ。
「こんにちは☆ わたしはストロベリー・ミシェル。35しゃいの、おとこのこだよ☆」
 金髪碧眼で、西洋人形の衣服のようなロングスカートを着用した女児が私の眼前にいた。正真正銘の幼女にしか見えなかった。我々の内側にある理想の幼女を具現化したら、私の目の前にいる女児になるだろう。
「おじちゃんはまちがったほうほうで、ようじょになってしまったね。でも、これからわたしが、ほんとうのようじょをおしえてあげるよ☆」
 プロ幼女はそう言って私に近づいてきたかと思うと、スカートに足を踏んづけてしまい地面に倒れ込んだ。私は当惑した。隙だらけの体勢を晒されて混乱してしまい、思考に一瞬の空白が生まれた。
 その一瞬を見逃さずに、プロ幼女は私のみぞおちに強烈な掌底を食らわせた。200キロを超える重さの身体が宙を舞った。
「出た! ストロベリー・ミシェルの必殺技! 平地転倒(すってんころりん)からの痛恨の一撃!」
 先ほどからプロ幼女界隈に詳しそうな観客が、熱の篭った実況を続けていた。
「か弱い幼女がわざと倒れることによって、敵対していたはずの相手に憐憫の情を喚起させる! これこそが幼女道の本質! 庇護欲求をかき立て、戦闘を優位に運ぶことによって勝利を収める、幼女道の真骨頂だ!」
 幼女道とは、無垢な姿で敵の警戒心を解き、防御力が極端に低下した瞬間に一撃必殺の攻撃を叩き込む格闘技術だった。私たちがほ乳類である限り、無力で幼い個体を守ろうとしてしまう。本能と無意識に刻まれた習性を逆手に取り、幼女道という格闘技術が生まれた。
 しかし種が割れれば、対策はいくらでもある。私は幼女化実験に失敗したが、それでも幼女遺伝子が中途半端に身体に刻まれているのである。幼女同士の喧嘩にもつれ込めば、私にも勝機があるに違いない。
 私が殴りかかろうとする直前に、プロ幼女が涙で目を潤ませていた。透き通った涙の粒がこぼれ落ちるのを、必死で我慢している。先ほどの平地転倒(すってんころりん)によって、ひざに擦り傷を負っていたのだ。
「先ほどの平地転倒(すってんころりん)から、痛覚遮断(いたいのがまんできるもん)を淀みなく繋げた! 触れれば壊れてしまいかねない繊細な幼女が、さらに怪我を負っている! その姿に庇護欲求をかき立てられない生き物はこの世界には存在しない!」
 またどこかで解説が聞こえた。
 プロ幼女を力で屈服させようとしていた私だったが、自分の服を破ってプロ幼女のすりきずに雑菌が入り込まないように手当てをしていた。
「ごめんね、きれいなおようふくだったのに……」
 泣き止んだプロ幼女が満面の笑みで微笑んだ。
 私からはすでに闘争欲求や怒りは消え失せていた。
「けんかしたけど、わたしたち、ともだちになれるよね?」
 純粋無垢な眼差しで、プロ幼女が私の顔をのぞき込んだ。こんなことをされたら首を縦に振るしかない。私は跪いて投降した。ロス市警が私の身柄を拘束しようとしたが、プロ幼女が断固として拒んだ。「わたしのともだちにそんなことしちゃだめっ!」その一声で、孫に窘められた祖父のような決まりの悪そうな顔で、ロス市警たちが顔を見合わせた。

 その日から私は、プロ幼女の元で修行を始めた。
 世界幼女連盟アメリカ支部の本拠地は、絶海の孤島にあった。表向きは政治犯を収容するための刑務所だったが、その内実はプロ幼女を育成する国家機関だった。
 長い修行の果てに、私は初段のプロ幼女になった。
 柔らかいぷにぷにの肌をもっていたために、柔肌装甲(ぷにはだ)のダゴトーと呼ばれるようになった。サブマシンガンの掃射を受けても、傷一つ付かない自慢の柔肌である。
 平地転倒(すってんころりん)のストロベリー・ミシェルはプロ幼女五段のベテランだった。それでもまだ上には上がいて、純粋無垢な瞳で「おじちゃんたち、どうしておしごとをしていないんですか?」と尋ねて精神を崩壊させるプロ幼女、「ふええ」を使わせたら右に出るものはいないプロ幼女、正統派魔法少女九段が所属している。彼らは皆、私たちと同じ男で、長く厳しい修行の果てにプロの幼女になったのである。
 プロ幼女十段には、私は未だに出会っていない。
 真に幼女道を極めた者と出逢った場合には、「あれ? どうしてプロ幼女の施設に本物の幼女が迷い込んでいるのかな? 親御さんはどこにいるんだろう?」と思ってしまうために、プロ幼女の最高峰と本物の幼女を区別することはできないとされている。自らがプロ幼女であることも忘れ、無我の境地で幼女として生きているのだ。

 私が鼻歌を歌いながら塗り絵で遊んでいると、プロ幼女の出動要請が通達された。場所は日本。幼女先進国である。東洋人は我々に比べて幼く見える。黒色人種がスプリント競技において身体的な優位性を持つように、私たちがイエローモンキーだと蔑んできた者たちには幼女に適した素質に恵まれている。彼らは東洋に伝わる気の鍛錬を通じ、チャクラを開き、細胞を活性化させて己の身体を幼女へと近づけるのだ。
 二十一世紀。成人男性が力ずくで女児になろうとするグローバル幼女ーション時代。今、この瞬間にも間違った方法で幼女になろうとして、道を踏み外してしまった幼女男たちが生まれている。彼らの願いは間違ってはいない。女児向けコンテンツを生み出しているのはおっさんのスタッフだ。不思議の国のアリスを執筆したのもルイス・キャロルという名のおっさんだった。私たちが心の中の少女性を忘れない限り、幼女への道は常に開かれている。
 しかし力が与えられた人間には責任が伴う。幼女男たちの過ちを正し、本当の幼女に近づくために手を差し伸べるのがプロ幼女の責務だった。
「いくよ、ダゴドー!」
 ストロベリー・ミシェルおねえちゃんが言った。
「うん、おねえちゃん!」
 私はストロベリー・ミシェルおねえちゃんに弟子入りした。師弟関係になったプロ幼女は姉妹(シスター)になり、師をおねえちゃんと呼ばなければならなくなる。ちなみにストロベリー・ミシェルおねえちゃんは、わたしがたいせつにとっておいたプリンをたべちゃったから、けんかをしているさいちゅうなの。