スピリチュアルやくざ日記・ドス編


スピリチュアルに片足を突っ込んでいた。具体的には「人間精神なんて観念の集合体なのだから、観念それ自体に手を突っ込んで操作する方法に習熟すれば、ある程度自由に精神を操作できるじゃん」という発想に基づくものだ。整体で歪んだ骨格を元に戻すみたいに、歪んだ観念世界を補正することも出来るし、反対に正常な精神を力でねじ曲げることも出来る。
たとえば痴漢の被害者は物質的な被害を受けると同時に、観念世界自体も大きく傷つけられる。痴漢のいない場所でも「もしかしたらまた痴漢に襲われるかもしれない」と恐れたり、記憶がよみがえることで想像の中で何度も不愉快な経験を反復する。それは過去の記憶が亡霊になって、繰り返し襲撃してくるようなものだ。世界に対する信頼それ自体を決定的に損なう。
仮に犯人が死刑になったとしても、一度脳やイメージが傷つけられると、想像の中で何度も繰り返し、不愉快なイメージに苦しめられるようになる。それをぶち壊すのがスピリチュアルだ。

想像の中で「痴漢に対して何もできない自分」を思い出すのは、無力な自分という観念を補強することだ。不愉快なものに支配されている。何もできない……と思い込むことで、心の中での被支配関係が強化される。
でもスピリチュアルのパワーで釘バッドを作り出し、それで想像上の痴漢の頭を思いっきりぶん殴る。そうすることで、少なくとも観念の上では痴漢野郎に打ち勝つことができる。そのプロセスを通じて、「自分は邪悪な人間のために心まで苦しめられるほど弱くはない」という、自己効力感を育てていく。
釘バッドか何かしらの武器イメージを利用して、精神的な無力感を克服する。そのことで傷つけられてしまった観念世界を修復する。イメージの力を借りて、頭の中にある観念をコントロールする技術として、スピリチュアルを理解してしまった。
スピリチュアルというと精神世界だったりオーラ、アセンション、前世療法みたいなオカルトじみた先入観があるのだが、「観念世界を構成する主導権を自分が管理する」方法と言っても良いのかも知れない。
他者に呪われるという行為は、脳内OSに不具合を起こすコンピュータウイルスを送り込まれて、本来のパフォーマンスが発揮できなくなる状態に近い。それはマイナスの言葉であったり不愉快なイメージなのだけど、それを適切に削除できないと、いつまでも呪いの言葉が頭にこびりついてしまう。それを「お前は呪いだから脳から消え去れ。これ以上、俺に悪影響を与えることは許さないぞ」とデリートするプログラムのようなものだ。
それはイメージの力を借りたり、催眠状態で一時的に意識水準を低下させて暗示を刷り込みやすくしたり、薬物で脳の状態を変えるなどの方法を用いて、脳の管理権限を取得する。人間の脳はバックドアだらけなので、抜け道を見つけられれば思ったよりも簡単に洗脳できるし、暗示を刷り込むことも、歪んだ思想を刷り込むことも出来る。もちろんいろいろと設定をいじるので、それなりのリスクが伴うし最悪の場合は死に至る。
先ほどの釘バッドで敵をぶん殴るスピリチュアル的手法だが、効果的にダメージを与えられる武器をイメージするのが良いらしい。龍が如くをプレイしたあとだったので剣のイメージはドスになった。心のシマに乱入してきて、エネルギーを奪っていくスピリチュアルやくざの腹にドスを突き立てる。「おのれ、誰に断ってシマを荒らしとんじゃい!!」と叫ぶ強面やくざが、腹に刺さったドスを回転させて内臓に破壊ダメージを与えるのだ。ドラム缶にコンクリート漬けにして、忘却の海に沈めたろか、ワレェ!!