プリキュアすくい人形編


 政治の話題から逃れようと必死になっていたが、おれにはどこにも逃げ場所が無かった。日本の狭い政治から逃げ出して、海外の情報源に目を向ける。ここには日本のネトウヨはいないと思っていたら、ハンガリーでもインドでも、情報テクノロジーの普及とともにalt-right運動が活発になっており、時には人権派活動家がク・クラックス・クランに銃撃されたりする。それに比べたら日本のネトウヨなど非暴力主義の愛国聖人である。ほほえまー。

その後におれは科学系のウェブサイトを読んで教養を深めようとしたのだが、「トランプの地球温暖化否定論にはもう我慢がならねえ!科学雑誌で政治的主張を聞きたく無い?残念だったな! 俺たちは象牙の塔に引きこもっている場合じゃねえんだ!」というような雰囲気であり、お花と小鳥たちに心の癒やしを求めても、人間の環境に負担を掛ける経済活動によって小鳥さんは数を減らしていったのである。tech界隈では「情報漏洩に備えてプライバシーを守ろう! あるいは流出してもいいように架空の人物を捏造しよう! torブラウザを使うときには、ウインドウサイズを最大化しては駄目だよ。他の情報と組み合わせて、どのような環境でネットをしているのかが特定される可能性がある!」というような、反政府地下活動でも使えそうな情報秘匿テクニックが特集されている。
 あたい、もう現実はいや。女児向けアニメの世界に引きこもって現実を忘れるの!と思ってプリキュアを見ていたのだが、キュアエールが「私に必要なのは剣じゃない!」と啖呵を切る。プリキュアが強力な敵に立ち向かうために与えられた新たな力! メロディソード! プリキュア初の剣型アイテムであり、男根の象徴で敵をぶった切る!……かに思われたのだが、キュアエールは寸前で剣を止める。
「こんなのは私がなりたいプリキュアじゃ無い!」「私に必要なのは剣じゃ無い!」そういって敵をぎゅっと抱きしめる。
 善なるものに従って剣を放棄する。これがただの女児向けアニメの綺麗事であるのならば話は簡単なのだが、問題はシリア空爆と時事的にシンクロしてしまったことだ。偶然に過ぎなくても、その偶然すらも取り込んで、現実と対比させる形で剣を否定する。
 コンプレックスにまみれたままのはなであれば、仲間に支えられていなかったら、きっと彼女はあの剣の力に屈していただろう。断罪の剣を手に入れた特別な自分。それが私が本当になりたかった自分なんだ。これで誇れる自分を見いだせたから、さあやともほまれとも肩を並べられる自分になれるに違いない。そう勘違いするような弱さに絡め取られていたはずだ。
 しかし違う。キュアエールは剣を否定した。
 お子様の中には、報道番組でシリアの空爆を見て、心を痛めていた子供がいたのかも知れない。でもその後でキュアエールは「私に必要なのは剣じゃ無い!」と言った。この言葉が、空爆を見ていた子供の胸に響いたのなら、キュアエールはフィクションと現実の垣根を越えて、この世界に作用したことになる。プリキュアが政治的な存在かどうかは知らない。しかし秩序として機能し始めるのならば、この現実世界とは無関係ではいられない。
 プリキュア……教えてくれ……。おれたちはどうやったら怒りや正義を手放せるんだ……。人を傷つける力が、言葉が、おれから離れないで魂を焼いていくんだ……。おれはどこで道を間違ったんだ。畜生、畜生!!
 どうにもならなくなったおれはgoogle検索に「プリキュア 救い」と入力した。そこに表示されたのは「プリキュア すくい人形(宗教・祭事用品)」だった。プリキュア、いったい何を救うんだ……。人類を罪から救い出すのか……? 一瞬そう思ったが、プリキュアがおれたちを救うのではない。お祭り用のグッズで、水に浮かべられているプリキュアをおれたちが掬い取るのだ。救いを待っているだけが人間ではない。
 趣味バラバラ、ノリちぐはぐ、性格真逆、生まれた国が違い、ギャグのツボや文化が違うおれたちだが、異なった意見をレッツらまぜまぜして合議形成し、それが素敵だって今なら言える多様性をハグ組む。ひとりひとりが力を合わせてつないでゆくBRAND-NEW-DAYこそが、おれたちの目指す民主主義社会だ。
 心はシフォンのように不思議で、楽しいことでふわっ♥と膨らんだり、憎悪によって焼け焦げてしまう。しかし我々は邪悪に満ちるこの世界を、プリンセスのように強く優しく美しく生き抜かなければならない。間違ったときには「ごめんね。今かけたの魔法じゃなくてご迷惑かも」と謝る。昨日とことん泣いたら、前を向いて、明日に向かって一歩を踏み出す。友達だったら、困っているときには力になりたいと思う。それが普通であり、世界を変えるハッピーラブである。
 キリストは漁をしていたものたちに向かって言った。「私についてきなさい。あなたたちを、人をすなどる者にしよう」(マタイ4:19)。魚を網で捕まえるのではなく、これからはあなたたち自身が人々をこの世から天へとすくいあげる漁師になるのだ。おれがプリキュアすくい人形から教わったのはそういう種類のことだ。