割りきらないために。総理大臣のえる!乙女の怒りは最終兵器 読書感想文
これまでのラノベ人生で根底から魂が揺さぶられた作品がある。「総理大臣のえる!乙女の怒りは最終兵器」だ。女子中学生が魔法で総理大臣になりマイナス消費税を導入したり、ドナービジネスをぶっ潰したりするコメディ小説なのだが、第三巻のテーマは世界同時多発テロだ。
中東人の親友がテロの犠牲になって、のえるちゃんは単騎でアフガニスタンに突入して、タリバンを相手に戦いを繰り広げる。国名は違うがだいたいこんな話だ。
のえるちゃんを突き動かすのは憎悪や復讐ではない。いや、憎しみもある。やるせない感情もある。けれどもそれを理不尽に振り回すことだけは絶対にしない。
「どうして私の親友は死ななければならなかったのか?」という理由を探して、中東に殴りこんで、テロの首謀者から本心を聞こうとする。あれだけ人を殺したのだから何かしら理のある主張があるはずだ。たとえ賛同できなくても、相手にも止むに止まれぬ事情があるのなら、親友の死は理不尽なものでは無くなるのかも知れない。
しかしテロリストが口にするには、誰が考えたのかもわからないようなテンプレ思想だった。イギリスが悪い。第一次大戦が悪い。我々は犠牲者だ。そんな言葉を口にする奴らを、のえるちゃんは力の限りぶん殴る。
「誰かが言った言葉を喋るんじゃない。誰かが言った大儀なんか聞きたくない。おまえが! おまえ個人がどう思っているのか! おまえが何をしたいのか! そんなありきたりな言葉じゃなくて! おまえ自身の言葉を聞きたいんだ! 私の友達は! 大事な友達の命は! まとめブログからコピペしたようなクソみたいな大義のために死ななければならなかったのか!?」というようなことを訴えるのだ。
この文章を書くために十年ぶりぐらいに読み返しているだが、のえるちゃんは安易な正解に飛びつかない。徹底的に思考停止と戦っている。のえるちゃんは女子中学生総理大臣なので、平和のためには犠牲が必要だとか、憲法を守らなければならないだとか、国際世論に足並みをそろえなければ批難されるだとか言った世間体を、行動の基準にしない。自分の良心に照らし合わせて納得できるかどうかが、のえるちゃんにとって絶対に譲れない点だ。
平和が大切だとか、テロはダメだとか、そういう政治的な話ではない。イージーな定型句でこの世界を理解することに対する戦いなのだ。これは。のえるちゃんは「どうしてそこで思考停止するのか? どうして仕方がないと言うのか? どうして他の道を探さないのか?」と執拗に問い詰める。
歳を取ると「歴史とか文化とか思想とか経済とか複雑な国際事情とか、そんなものわかんねえけど、どうしてそうなるんだよこんちくしょう!」という気持ちを忘れそうになる。ニュースで瓦礫になった中東の街並みを観る度に「またか……」と思って、理想論がひとつずつ磨耗して行く。「昔からそうなっていることだから、仕方がないんだよ」で割り切りたくなるし、無力感を味わって政治的アパシーになる。喋る言葉がどこかで聞いた政治的言説に還元されて、中高生ぐらいのときに感じていたはずの理不尽なこの世界に対する戸惑いを失ってしまう。
だがのえるちゃんは魔法で総理大臣になった女子中学生なので、生きていく上で無理矢理割り切ってしまう前の中学生ハートを、国家権力に上乗せできるのだ。
俺は総理大臣のえる!乙女の怒りは最終兵器こそがライトノベルの中のライトノベルだと思っていて、基本的にバカ小説(※褒め言葉)であるが故に、女子中学生VSタリバンを実現させてしまう懐の広さは素直に賞賛したい。
バカ小説であるからこそ、「戦争になった理屈も経緯もわかった。でもなんでそうなるのかさっぱりわからねえんだよ、俺は!」という頑なな姿勢を崩さない。日本国憲法も日米安保条約も崇め奉るものではなくて、自身が納得できる生き方を実現するための選択肢のひとつにする。
そうでなければ、いつしか他人から借りた言葉で何かを語ったように錯覚したり、自分の抱いている憎悪と怒りも紛い物になってしまいかねない。
俺自身も特定の政治宗教の見解を受け入れるわけではない。それは常に「お前は結局のところ、俺たちの味方なのか? 敵なのか?」と問いかけてくる。世界を自分たちとそれ以外に分断して、その中間にあるものを許容しない。憎しみも怒りも悲しみも、自分以外の誰かによって都合のいいように操られてしまう。
のえるちゃんが戦っていたのは、テロリストでもアメリカの空爆でも日本の曖昧な外交政策でもない。自分の生の感情が、わかりやすい着地点やテンプレ思考に吸収されてしまう恐怖と戦っている。歴史の雰囲気に押し流されて自分が理不尽な暴力の片棒を担ぎそうになる誘惑に抗っている。
この小説には答えがない。明確な答えも無く、偏向したイデオロギーにも傾倒できず、安易に現実を割り切ることも許されない。その状態を保っていられるか?と、女子中学生総理大臣のえるちゃんは俺たちに問いかける。