羽根の生えた小太りのおっさん達が、意味も無くちんちんをぶらぶらさせている天国の話。
・ここは天国だよ。羽根の生えた小太りのおっさん達が意味も無くちんちんをぶらぶらさせているこの世の楽園だ。彼らは幸福なんだ。ちんちんを振り子時計のように左右に動かして、睾丸で風を感じている。誰も彼らを誹る者はいない。おっさんたちは無限の自己肯定感に包まれて、ちんちんをぶらぶらさせている。ここはそんな類いの天国なんだ。一見、地獄のような絵面に思えるかも知れない。でも信じて欲しい。意味も無く、生産性も無く、イデオロギーとも無縁で有りながら、素っ裸でちんちんをぶらぶらさせることの意義を。力を抜くんだ。重力に身を委ねろ。羞恥心を捨て、地上の常識から離れ、ただちんちんをぶらぶらさせることに精神を集中させる。それが全てだ。
天国に至る門は狭い。が、万人にちんぶらの天国は開かれている。
『ちんぶら教の書』より引用。
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才能があったり、頭が良かったり、高学歴だったり、高収入だったり、人から認められる者を持っていたり、有能なやつは俺の代わりに頑張ってくれ。俺は意味もなくちんちんをぶらぶらさせるから、もし人生に疲れ切ってどうしようもなくなったら、俺といっしょにちんちんをぶらぶらして生きようぜ! 約束だよ!
この世界は常に精神と筋肉を硬直させて、戦いに備えていなければならない。
常に自分は価値のある人間でなければならないし、常に実績や、空白期間のない状態を保って、他者に価値を証明し続けなければならない。そうでなければ人間扱いしてはもらえなくなる。止まったら息絶えるサメのように、生産的な人生を強要されている。絶えず自分をアピールしていなければ、存在を忘れられてしまう。意味もなく存在することが許されていない。生産性、セルフブランディング、SNSを活用した他者とのコミュニケーション、俺は人間の屑ではないのだということを延々と他者にプレゼンテーションしていかなければならない。
ただしそれは人間の世界の掟で、ちんぶら世界の掟とは異なる。
みんな自分が何者かであることに必死になってんなー、面倒くさいなー、おれはやめるわー、人間の屑になるわー。ちんちんびろーん……というのが、我々の信仰するちんぶら教の福音だ。旧約聖書に描かれるエデンの園も、アダムが一糸纏わぬ姿でちんちんをぶらぶらさせているという意味では、宗教的な源泉を同じくしていると言えるだろう。ちんちんびろーん。