マジカルマテリアル黙示録 私のパパはバンダイに殺された。


 私のパパはバンダイに殺された。
「ピンクリボンつきフリルシャツ(アピールポイント200)」。始めてパパと一緒にイオンに行って、アイカツをプレイしたときに手に入れた思い出のカード。レアカードではなかったけれど、パパとの思い出が詰まった数少ない遺品だった。
 パパは女児向けアニメの販売戦略に惑わされて、私を喜ばせるために必死になって玩具を手に入れようとした。パパと家族の絆は薄れ、私は寂しさを紛らわせるためにアイカツに没頭した。パパは私を喜ばせようとしてレアカードやアイカツドンジャラを買ってくれたけど、本当に欲しかったのはレアカードでも無ければ、高価な玩具でもない。
 でもパパは分かってくれなかった。
 お金では買えないレアカードや玩具を手に入れるためにカジノ特区へと足を踏み入れ、危険なギャンブルに身をやつしては、勝利の対価としてレアカードやバンダイの玩具を持って帰ってきた。
 その時の私はまだ、パパが真っ当な手段で働いているとばかり思っていた。だけど私が七歳のときにパパは、家に帰ってこなくなった。

 パパがいなくなってから十年が経った。
 その間にバンダイは一介の玩具企業ではなく、国家の命運を左右する巨大な軍産複合体へと成長を遂げていた。
 もはや子供に夢を売っていた頃の面影はどこにもなかった。全米ライフル協会を飲み込み、第三世界にピンク色の銃型玩具を輸出するバンダイ。バイオテクノロジー産業を取り込んで、IPS細胞培養キットを販売するバンダイ。男子小学生が戦車道みたいな競技を行なうミニ四駆マンガに限りなく近い何かがヒットし、戦車型玩具のリアリティを追求するために重工業のノウハウを手に入れたバンダイ。借金大国の日本財政が崩壊して日本円が紙屑と化したとき、バンダイが印刷していたトレーディングカードだけが市場に通用した。
 神話学者のジョセフ・キャンベルは言った。
 五歳児を夢中にできる物語を語れるものは、リーダーとしての素質に恵まれている、と。混乱期の日本において、五歳児を夢中にしてきたバンダイがリーダーシップを発揮するのに、長い時間は掛からなかった。今や日本の政治思想は保守、リベラル、バンダイの枠組みで語られるようになり、人々はバンダイの玩具で遊び、バンダイに正義の思想を埋め込まれ、自らの子供にバンダイを与える。
 後の歴史で「玩具を征するものは子供を征し、子供を征するものは世界を征する」と語られる事になるバンダイ共栄圏が産声を上げたのだった。

 私は女児向けアーケードゲーム「マジカルマテリアル」で糊口を凌いでいた。
 マジカルマテリアル(土曜朝9:30~)!!!
「マジカルポットから生まれるマジカルマテリアルを揃えて、魔法を使おう!」という女児アニメは、どう贔屓目に見ても近代麻雀の世界観だった。
 炎属性1~9×4、氷属性1~9×4、雷属性1~9×4、スペード、クローバー、ハート、ダイヤ 4×4、太陽、月、星 3×4。
 これらのマジカルマテリアルを集めて、役を完成させることが基本的なルールである。
 ファンシーなデザインは麻雀のアウトローな雰囲気を完全に払拭し、女児向けの頭脳ゲームとして転生を遂げた。
 女児向けアニメ・マジカルマテリアルの次回予告には、「どのマジカルマテリアルを切るのが良いかな~?」という問題が出題される。主人公(SDキャラ)が「氷の8を切るのが正解だよ☆ テンパイチャンスを優先に考えるのも良いけれども、マジカルマテリアルは上がらないと意味が無いんだ。だからテンパイよりも、アガリへのスピードを最優先にすると良いよ☆」と言う世界観だ。
 今週のマジマテ格言は、「テンパイ後の待ちも考えよう!」だ。
 マジカルマテリアルの本編では、魔力25000点を互いに奪い合う。血液ではなく家族との大切な想い出、身体、感情――賭けられるものなら何でも賭けるという地獄のような戦いが繰り広げられていた。
 大きなお友達に3番目ぐらいに人気のミーミィは、マジカルストライク(※作中で使われるイカサマの一種、得意技は一気通貫積み込み)が見つかって、クリスタル漬けにされて異世界に転送された。現実で例えると、ドラム缶にコンクリート漬けにされて海に沈められる感じだ。
 マジカルマテリアルの主人公は魔力を持たず、何のイカサマも使えない。だからこそ、確率論と牌効率、デジタルに徹した打ち方と、時には相手のイカサマを逆手に取った戦略でマジカルマテリアルワールドを上り詰めていく。
 私が一番好きなシーンは、第一話から主人公を助けてくれたマスコットキャラクターが裏切っていたのだが、まだ自分の正体が気づかれていないと思い込ませたまま逆に利用するところだ。
「カモではないと思い込んでいる奴ほど殺しやすい」と言う女児向けヒロイン。危険牌を読み切って、ギリギリのところで踏みとどまるヒロイン。異端のダイヤ地獄単騎待ち……ッ!

 マジカルマテリアル筐体でのリアルバトルによって命を繋いでいた私は、バンダイに一矢報いるための方法を探していた。東京一のマジカルマテリアル打ちになれば、土地や国家予算、天然ガス資源を賭けた裏マジカルマテリアルの世界に足を踏み入れられる。
 そこでは社会的成功に飽いたギャンブル中毒者たちが、スリルだけを求めて血で血を洗う戦いを繰り広げている世界が広がっている。
 ここでならパパの敵を討てるかも知れない。
 マジカルマテリアルは麻雀であり、麻雀とは傾国の遊戯である。そして国とはバンダイだった。マジカルマテリアルなら、バンダイの息の根を止められる。そう信じて、私は今日もマジカルマテリアルで血道を上げる。
 マジカルマテリアル筐体にバンダイカードを差し込んで、残りのバンダイポイントを全て賭ける。ファンシーデザインの筐体。哭きの竜の登場人物みたいな強面のおっさんに囲まれた私。次にラスを引いたら、あと一つしかない腎臓が無くなってしまう。
「パパ。ごめんなさい……。パパが残してくれた命、粗末にしてしまって……」
 もう後戻りはできない。今ならまだ足は洗えたけれども、パパと過ごした優しい想い出が許してくれない。死は怖くなかった。縫合したあとにようやく動き始めた左手の小指も痛くはなかった。怖いのはパパと過ごした記憶が薄れてしまうことだけだった。
 次にトップを取れれば、私の失った腎臓を返してもらえる。だけどそれは最善の選択ではない。
「腎臓は返してもらわなくても良い。その代わり、あなたたちの指をもらう!」
 失うものがあれば、心に恐怖や躊躇、保身といった感情が芽生える。心の揺らぎが絶対不変の確率論に偏りを生じさせ、いつか大きな流れになる。
 パパとアイカツドンジャラをしたときに、教えてもらったことだ。
 教えてもらったギャンブルの勝ち方は、これだけじゃない。相手の魂の折り方。自分の心が折れても、残った牙で相手の首を噛み千切る方法だ。
 パパはきっと、こんな日がくると予想していたに違いない。そうでなければ、数少ない時間を使って、アイカツドンジャラでギャンブルの戦い方を教えたりはしなかっただろう。
 胸ポケットに入っていたのは、「ピンクリボンつきフリルシャツ」のアイカツカード。パパとの想い出が残っている数少ないアイテムだ。そっと胸に手を当てると、パパが私のそばに立っていてくれるような気がした。