電子メールおっさんの死
十年ほど前には「電子メールも満足に扱えずに、未だにFAXで文章のやりとりをしている生産性の低いおっさんどもは淘汰されてしかるべきだ」と何の臆面も無く考えていたのである。
10代後半の若者から「LINEが使えずに、未だに電子メールでファイルを添付しているようなロートルは朽ち果てて当たり前だ」と思われていても仕方がない。
俺たちも「老害!」と叫び、この手でFAX業務連絡おっさんどもを絶滅に追い込んできたんだ。「老害!」と呼ばれて、潔く殺されよう……。みっともなく命乞いをしてはならない……。それが俺たちが殺したFAX業務連絡おっさんに対するせめてものはなむけだ。
FAX業務連絡おっさんがまだ社会人一年生だった頃には手紙おっさんを銃殺し、手紙おっさんが若い頃にはモールス信号おっさんを虐殺した。モールス信号おっさんに、伝書鳩おっさんや飛脚おっさん、パンチカードおっさん、カセットテープにデータ記録おっさん、狼煙おっさん、羊皮紙おっさんにパピルスおっさん、石版おっさんが最近の若者によって根絶やしにされてきたのだ。
最先端技術の申し子である最近の若者が旧態に凝り固まった老害を駆逐し、その最近の若者が老害へと変わっていく。その屍を乗り越えた先にあるのがこの世界だ。
しかしお若ぇ方……俺を殺す前に、この老いぼれの話に少しだけ耳を傾けてくれ。昔は何も気がつかなかったんだ。自分がLINEを使いこなせない人間になるとは想像してもいなかった。正直言って、なぜこんなアプリが世間様の標準になるのか、いまいち納得できていないんだ。
いつかあんたもLINEおっさんになって、最近の若者に殺されるだろう。そんなことは無いって? 今のお前はまだ思い描けないだろうが、最近の若者は俺たちの理解を越えた場所からやってくるんだ。やつらは別の文化を生き、別の時代を生きている、全く異なる生命体だ。
俺がFAX業務連絡おっさんを殺そうとしたのは、おまえと同じぐらいの年齢だったころだ。そのときのFAX業務連絡おっさんの悲しそうな表情がまぶたに浮かんでくるんだ。おっさんは俺に向かって、必死に何かを伝えようとしていたよ。FAXで俺に文章を送信しようとしていた。でも俺はFAXを持っていなかったから、おっさんの最後の言葉がわからなかった。俺のメールも、FAX業務連絡おっさんには届かなかった。
俺はダイアルアップ回線でFAX業務連絡おっさんの首を絞め殺そうとした。怖かった。古色蒼然とした技術に執着した人間を殺さなければならないと思いながらも、俺は躊躇していた。その感情を、FAX業務連絡おっさんは察したのだろう。彼はシュレッダーに身を投じるように、FAXに頭から突っ込んだ。排出口からは潰されたFAX業務連絡おっさんの死体が出てきたよ。きっと、FAX業務連絡おっさんは俺に手を汚して欲しくは無かったんだろうな。今になって、俺はそう思っているよ。
もういい……。もういいんだ。お前が手を汚すことはない。最近の若者に殺される前に、俺は自害する。狼煙おっさんは練炭を焚いて死んだし、伝書鳩おっさんは鳥葬で自ら葬った。おれはLANケーブルで首を吊って死ぬ。あんたは俺と同じ過ちを犯しちゃならねえんだ。老害と口にしたら、その言葉が十数年後の自分に跳ね返ってくる。
だが、俺のメールもお前には届かないのだろう。
お前のLINE通知も俺には聞こえない。