『のんのんびより村の片隅に、鍵ゲー民の亡骸を埋めたのん』
～前回までのあらすじ～
２０１３年。スマートフォン普及という核の火に包まれたネットは、血で血を洗う地獄と化した。スティーブジョブズの才覚と、米国企業のソーシャルネットワークサービス、島国根性と村社会の陰湿さが悪魔合体を繰り返し、呪詛が呪詛を生み出す地獄が作り上げられたのである。
暴力と炎上、ネットリンチが蔓延る暗黒世界から逃れた者たちは、日常アニメへと身を潜めた。
安住の地を見いだしたかと思えば、わずか一クールで消え去る蜃気楼の国、日常アニメ。繰り返す喪失感と、安住の地にたどり着けるかどうかわからない不安は難民たちの希望を確実に奪っていったのである。
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またひとつ、日常系アニメが終わりを告げた。
「魔法少女リリカルなのはA’sが終わるまでは、死ぬわけにはいかない」と言って命を繋いでいたが、もう2013年も終わろうとしていたのである。日常系アニメが終わる度に、いつも不安に襲われる。次のＯＰ作詞は畑亜紀だろうか？ 作画は安定しているだろうか？
クレイジーサイコレズ枠はいるのか？ 甘くて胸にぎゅっとくる百合描写はあるのだろうか？
難民たちが、桜Trickを目指して歩き始める。桜Trickの他にも、未確認で進行形がある。春にはご注文はうさぎですか？も始まる。あと何年かは、キャンプ地に困らずに済みそうだ、と思う。
「にゃんぱすー」
のんのんびよりが最終回を向かえた後も、一人の難民がのんのんびより村に留まっていた。
私は取り残された難民に話し掛けようとしたが、声が止まった。衣服はすりきれ、浅黒い皮膚は痩せこけて人相は変わっているが、間違いない。かつてギャルゲーをプレイする度に実存哲学とユング心理学から大量の引用をしつつ考察記事を書いていた涙の民（※泣きゲー愛好家）だった。
栄光を誇った葉鍵帝国は衰退し「うぐぅ」「みすずちん、がお」と言っていた民は祖国を失った。長文を書いていた彼らは散り散りとなり、ニコニコ動画のコメント欄でひっそりと命を繋いでいたのだ。
「にゃんぱすー」
彼はもう廃人も同然だった。
もはや彼はインターネットの流れに着いていけず、ブログにも乗り遅れ、エロゲー界にも留まることを許されず、故郷を失った民としてインターネット空間をさまよい続けていたのである。
彼はニコニコ動画のコメント欄に身を潜め、かろうじてではあるが生きながらえていたのだ。
「にゃんぱすー」
きんいろモザイク難民たちの希望に満ちた「にゃんぱすー」とは異なり、彼は焦点の定まらない視線で宙を見ながら「にゃんぱすー」と呟き、これまでの旅を語り始めた。
AIR発売から約14年。
神尾観鈴を失った彼は行く宛のない旅を続けていたが、ある日、のんのんびより村にたどり着いた。
「にゃんぱすー」
れんちょんの奇妙な口癖を聞いたときに、彼の古傷が開いた。
謎の語尾や口癖、珍妙なマスコットキャラ（具）、美麗な背景グラフィックと心癒されるＢＧＭは、かつて失われた涙の国（※脳内における泣きゲーの別称である）を思い起こさせた。
「このれんちょんとかいう子も、そのうち謎の奇病で死ぬに違いない！ 今までもそうだった！ 何か光の玉的なものを集めないと、この子が謎のＫＥＹ病にかかり、〝もうゴールしてもいいよね？〟と呟きながら死に絶えるんだろう！ 私を騙そうとしてもそうはいかないぞ！ ほら！ 駄菓子屋とかいう母性を感じさせるキャラが出てきたじゃないか！ うあああああああ！！！」
のんのんびよりを見た彼は、部屋の片隅で不安に震えていた。
彼にとってのんのんびより村は、遠い日に失われたギャルゲー村の亡霊だったのだ。
「れんちょんは謎の病で死ぬ！ 特徴的な口癖を持ったヒロインはみんなそうだった！」と思い込んでいた彼の不安は、杞憂に終わった。
親代わりになった駄菓子屋ルートなど存在せず、何の鬱シナリオも無く最終回を迎えた。具に転生し、死んでいくれんちょんを見つめ続けずに済んだ。
のんのんびより最終回を見届けた後に、彼にとってのAIRが終わった。
れんちょんと駄菓子屋の関係に神尾観鈴と晴子の姿を幻視し、のんのんびより村にAIRの面影を見いだした彼は、この場所こそが長い間探し求めていたAIRトゥルーエンドだと確信したのだった。
この言葉を私に語り終えてから、古い泣きゲーの民は死んだ。
最後に語った言葉は、「のんのんびより第一話の冒頭部分をミュートで再生し、AIRの夏影ピアノアレンジを流すのだ……。ちょうど、曲が終わった瞬間に〝のんのんびより〟のロゴが現れる……」だった。
また一人、古き泣きゲーの民が土に返った。
今、この瞬間に〝にゃんぱすー〟、と口ずさんでいる人々も、この古き民と同じ道を辿るだろう。その姿は、汚れのない心で〝うぐぅ〟〝がお〟と言っていた頃の私たちを思い出させた。
涙の民は死に絶えたが、そして新しく生まれたにゃんぱすの民が、彼の遺志を継いでくれる。
私はのんのんびより村の片隅に、古き泣きゲー民の亡骸を埋める。
あ、あれってハクビシン？ たぬきなのん。アライグマでしょ？ イタチですよ。
どうぶつにえしゃくするおうだんほどう。
AIRと地面は遠く、人と人は近く。
あの日から変わらず、いつまでも変わらずに、
いられなかったこと、悔しくて指を離す。
～今日はここまで～