アイドル天皇・デモクラシー編
「教育勅語も核になる価値観や、現代でも通用する道徳はとりもどしていかないといけないよね」と発言した政治家が炎上した。罪状は不敬罪だ。天皇陛下のお言葉である教育勅語を貶め、臣民としてのあり方を道徳にまで矮小化する。キリストを欠いた聖書、アッラーのいないコーラン、天皇陛下に忠誠を尽くさない教育勅語だ。右翼は堕落した。真の保守はどこにもいない。
我らが日本国臣民の精神的骨格は自己犠牲の上に成り立っている。大義のため、国のため、家族のため、郷土のため、自分自身よりも大きなもののために自分の命を投げ捨てることもいとわないという利他的な精神を涵養することが日本人としての義務であり、誇りである。
左翼は人権軽視だとか教育勅語による洗脳だとか難癖をつけるが、それにも一理がある。自己犠牲の精神が為政者にとって便利な支配の道具になってしまったことは否定できない。だがその一点だけですべてを否定するのは妥当だろうか。
自分自身を価値判断の軸にするのではなく、公的なもの、家族、郷土、国家を中心に据える。そのことで我々は利己的な振る舞いの牢獄から脱出し、人間として成熟することができる。何も天皇のために無駄に命を投げ捨てろと言っているのではない。それではただの集団自殺だ。
この価値観は日本だけに特有のものではない。聖書にも『もし一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。しかし死ねば、豊かな実を結ぶ。自分の命を大切にするものはそれを失い、この世で自分の命を顧みないものは、それを保って永遠に至る。(新約聖書 ヨハネによる福音書 12:24)』と書かれており、この言葉はしばしば犠牲を正当化するために使われてきた。
私たちがやるべきことは天皇や教育勅語の否定ではない。天皇制の民主化だ。
これまで天皇制は為政者にとっての道具として使われ、人殺しや自殺のための大義に利用された。戦後になっても、その構図は変わらない。GHQは国民の混乱を抑えるための道具として、天皇を処刑しなかった。
日本国憲法 第一条。天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
天皇制を権力の手から奪い返し、国民の手によって新しい天皇像を作り上げる。これこそが我々が戦後レジームに訣別して、新しい手で時代を切り開いていくために必要不可欠なプロセスだ。
明治政府の政策によってゆがめられる前の天皇とはどのような存在だったのか。一説によれば、天皇は道教やシャーマニズムにその起源が求められるのだという。(※要出典)死者の鎮魂、祈祷、豊穣への祈り、地鎮祭などの原始的なシャーマニズムだ。影響力を高めたシャーマニズムは神権政治になり、権力者は偶像視され、民衆のアイドルになる。
グローバル資本主義社会に適応して新しい道を歩み始めた天皇陛下は、日本国民のアイドルになった。戦前のような抑圧的な権力ではない。天皇の新しい職務とは、日本国民の象徴になり、気持ちがふさぎ込んだときにはそばに寄り添って、みんなが元気になるようなおうたを歌ったり、心が折れた人々を支えたりすることである。自然と天皇のお言葉はポジティブで元気なものになり、それがアイドルソングと区別ができなくなるまで長い時間はかからなかった。
・アイドル天皇ライブ
政治のアイドル化現象は天皇制にも大きな影響を与える。
皇居ドームで行われる天皇ライブのチケットは、開始数分で完売する。ドームは臣民(ファン)で埋め尽くされ、日本国旗型サイリウムの光がまばゆく輝く。ステージにスポットライトが当たり、現代の巫女(シャーマン)であるところのアイドルが、安定した世界秩序が千代に八千代に続いていくようにと呪歌を歌う。
鳴り響く轟音とともに、ステージに天皇ちゃんが現れる!
日本国憲法 第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。(中略)
十 儀式を行ふこと。
すなわちライブである!!
「みんなー、天皇ちゃんだよー! 日出づる国からおっはよー! 今日はね、天皇ちゃんからみんなにすてきなお願い事があるよ。教育勅語の新しい時代バージョンである『天皇ちゃんからみんなへのお願い☆←天皇の象徴たる北辰を表す記号』だよ。昔はあたいのために命をかけてほしいっていったけど、あたいはみんなが自分の命を鴻毛よりも軽いって思って投げ捨てちゃうのは悲しいな。人間の命が地球よりも重いかどうかはわからないけど、やっぱこう、みんな自分の命を大事にして、幸せになって欲しいなって天皇ちゃんは思うんだ☆(※生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利)
天皇ちゃんに服従するだけが正しい天皇制のあり方じゃない。臣民である前に、ひとりひとりが最大限に尊重されるかけがえのない個人!
ね、あたい。もう自分の名前で、人を殺したり、命を粗末にする道具として使われたくないの。もし今度あたいが道を間違ってしまったときには、主権の存する日本国民の総意に基づいて、みんながその手であたいを止めるの。天皇の命令だっていわれても、心に手を当ててよく考えて。人間としてどうしても譲れない一線があるのなら、あたいの言葉じゃなくて良心に従って(※思想及び良心の自由)。ね、天皇ちゃんとみんなの約束だよ☆←天皇の象徴たる北辰を表す記号。
じゃ、今日もいくよ! 一曲目はやっぱりこれだよね!
憲法九条!
希求しちゃう? しよっか? しちゃおう!
せーのっ、こ・く・さ・い・へ・い・わ!」
アップテンポなサウンドが空気をふるわせる。
日本国憲法 第九条 ① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
もはや憲法九条は左翼的理想論ではなくなり、世界の安寧を願う祈祷へと変化した。地球温暖化による気候変動が飢饉と政情不安定を生み、過激な政治思想が影響力を強める。格差は広がり、貧困と憎悪が大地に満ちる。テロリズムの暴力が吹き荒れ、紛争が多発するこの時代において、心の底から国際平和を願っているのは天皇とローマ法王とダライ・ラマぐらいしかいなかった。
・第二章 玉音ちゃんねる! アイアンボトム・サウンドで玉砕した英霊たちを慰霊してみた!
グーテンベルグ印刷術が産声を上げてから数世紀しかたっていない。人類史の長い歴史からしてみれば文字や印刷技術はまだ幼い技術であるといえるだろう。人間にとって根源的なものは書かれた文字ではない。声帯の震えから生み出される歌声だ。すなわちアイドルの歌唱こそが何万年にもわたる人類社会にとって、重要なメッセージ伝達手段として機能してきた。言葉で理解するよりも先に、歌は魂に染み渡る。
印刷術が民主主義を生み、ラジオの普及がファシズムを生んだ。インターネットとブロードバンドの普及もまた、新しい政治のあり方をおのずと作り上げる。
「みんな、玉音ちゃんねるに登録してくれてありがとう! 今日は『アイアンボトム・サウンドで玉砕した英霊たちを慰霊してみた!』です!」
玉音ちゃんねる。日本人一億人が登録する人気チャンネルだ。
鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)!
鉄底海峡の海底は多数の日米の艦隊、航空機の残骸で埋め尽くされている。太平洋戦争の激戦地であるガダルカナル島での戦いにおいて、多数の死傷者を出した。
制空権が米軍に奪われたあとは、日本軍は補給もままならなくなり、餓死者やマラリアによって数多くの日本人が犠牲になった。
今もなお弔われることのない日本兵や戦争の犠牲者、現地人、特攻で死んだ日本人や、犠牲となった米軍の死霊が彷徨っている。靖国にはいけなかった亡霊は今もなお、現世に縛り付けられている。戦争終結を知らず、亡霊のままで戦い続け、苦しんで、でももう死んでいるから死ぬことを許されない。終わりのない苦しみを70年以上も続けてきた。
ここが天皇アイドルの次なるライブステージである。
死者の霊を慰め、鎮魂し、成仏させることがこの番組の企画だ。
「みんなー! 天皇ちゃんだよー!」
アイドル護衛艦いずもの甲板に作られた特設ステージ上で、天皇アイドルが死者の霊に向かって語りかける。
護衛艦いずもの甲板は空母に転用できるため、護衛艦という表記は適切ではない。この批判を避けるために、日本政府は護衛艦いずもをアイドル護衛艦いずもに改修した。死者鎮魂ライブを行う天皇アイドルを護衛するという目的のもと、甲板をライブステージへと改修したのである。これは世界初の機動型ライブステージである。
死者の怒り、無念、憎悪、苦しみで満たされたアイアンボトムにおいて、慰霊のために歌われるのはヒットナンバーである「玉音放送 [Hirohito Remix]」と「神様→にんげん→アイドル宣言!」だ。
「神様→にんげん→アイドル宣言!」
(1)
坂の上の雲に手を伸ばして、
がむしゃらに走り続けた。
自分がいちばんすごいと思い込んで、
つまづくこともあるよね
焦ったり、落ち込んだりしちゃうけど、
嬉しいときも、悲しいときも、
いっしょにわかちあいたいね
わたしたちをつないでいるのは(Never-ending Love & Trust)
神様なんかじゃないけど
わたしはいつもみんなのそばにいるよ☆
惟(おも)フニ長キニ亘(わた)レル戦争ノ敗北ニ終リタル結果、
我国民ハ動(やや)モスレバ焦躁ニ流レ、
失意ノ淵(ふち)ニ沈淪(ちんりん)セントスルノ傾キアリ。
詭激(きげき)ノ風漸(ようや)ク長ジテ道義ノ念頗(すこぶ)ル衰ヘ、
為ニ思想混乱ノ兆アルハ洵(まこと)ニ深憂ニ堪ヘズ。
然レドモ朕ハ爾等(なんじら)国民ト共ニ在リ、
常ニ利害ヲ同ジウシ休戚(きゅうせき)ヲ分タント欲ス。
朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯(ちゅうたい)ハ、
終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、
単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非(あら)ズ。
天皇ヲ以テ現御神(あきつみかみ)トシ、
且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、
延(ひい)テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ
架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
戦争の終結を告げ、そのあとに絶望した死者の魂を優しく包み込む。
天皇アイドルの歌声を聞いた死者の霊が成仏していく。しかしまだこれで終わりではない。第二次世界大戦における死者数は約5500万人であると言われている。侵略戦争か、それとも東南アジア解放のための聖戦か。歴史の文脈の中でめまぐるしく正義も悪も移り変わる。ただひとつ変わらないのは、ここで数え切れないほどの人間が死んだことだけだ。歴史の闇に埋もれ、弔われることのないままでいる死者のために天皇アイドルは歌い続ける。すべての死者が安らかに眠れるそのときまで、第二次世界大戦は終わらないのだ。
天皇アイドルの活躍は、さざれ石のいわおとなりて苔のむすまで、つ・づ・く!