催眠食事道・催眠スキルで味覚をブーストして食事をする。


催眠音声から得られるのは「視覚処理に用いていた脳内リソースを別の感覚に回す」技術である。人間の脳は視覚情報の処理に能力の八割を使っているといわれる。催眠音声を聞くときには目を閉じて、視覚処理に使っていた脳内リソースを聴覚や皮膚、あるいは乳首に割り振る。意識を集中させ、感度を高めることで、日常では使っていない五感を活性化させるのが催眠音声で用いられるテクニックだ。
催眠音声で聴覚や乳首を敏感にするのではなくて、味覚や舌の感度を高めたらどうなるのか。それが催眠食事のコンセプトだ。何事も応用なのである。

深呼吸によってセルフ催眠状態になり、口内と舌先に意識を集中する。「そう……あなたのお口は性感帯……」「敏感になりすぎて、空気の味も感じ取れる……」といった具合に催眠音声を脳内再生しながら、徐々に感度を高めていく。
結果からいうと大成功だった。これまで自分がしていたのは空腹を満たすためだけの動物のような食事だった。感覚を集中して食事をすると、食べ物の味や食感が高解像度化する。これまではブラウン管テレビだったのが4Kハイビジョンになったかのような変化だ。
豚肉は赤身と脂身の食感が区別できるようになり、その二つの異なった歯ごたえを楽しめる。豆腐はもはやヘルシーな食材ではなくて、タンパク質の豊富な畑の肉。それがすき焼きのたれを吸い込んで、ふわっふわで熱々の食感がお口を犯していく。口内からはとめどなく唾液が溢れ、味の濃さを中和するために白米が欲しくて仕方がなくなる。早くご飯欲しい……。敏感になった舌は米粒の一粒一粒を感じ取ることができる。口の中全体が、糖分と脂質でいっぱいになり幸福感で全身が包まれる。何回も噛んだ後に飲み込むと、喉と身体の芯が火照っていく。でもまだ快楽は終わりじゃない。次の豚肉がいい煮え具合になっていて、欲望の赴くままに口に入れる。「わぁ!マゾ豚さんが豚肉を食べるなんて、共食いだね~♪」誰だ、おまえ。「肉食獣だったころの遺伝子がうずいてくる。あなたはもう知性を持った人間ではない。快楽と肉を貪るだけの動物……」だから誰なんだ。
感受性を高めることで、味わう、噛む、臭いをかぐ、音を聞く、箸で食材に触れるという行為のひとつひとつが高解像度化し、より深いレベルで食事をすることができる。一度でもこんな食事を味わってしまったら、空腹を満たすだけの空疎な作業には戻れない。
……というのが、催眠音声からラーニングできる技術のひとつである「感覚リソースの再割り当て」だ。視覚処理に占有されていた脳内リソースを別の部位に回すことで、一時的に感度を高める。音楽を聴くときに耳の感度を高めたり、いろいろ工夫してみよう。