・低い自己肯定感を埋め合わせる道具としての政治思想について。
「自虐史観を排して、日本人の誇りを取り戻す」という言葉を、保守や右翼の人たちはよく口にするけれども、「誇りを取り戻したい」という言葉には実感がこもっているように聞こえた。
それは彼らが主張するようなGHQの洗脳による自虐史観の産物ではない。左派的な価値観であれば、平成の失われた30年の間に産業競争力が削がれ、実質賃金が下がり、ブラック労働が横行する中で人権と尊厳が損なわれていると言うかも知れない。
右派は「あなたの自己肯定感が低いのはGHQや左翼のせいだよ! あなたは何も悪くないよ」と言って、左派は「あなたは自分のことを無価値だと思い込んでいるけど、人間を消耗品として扱う資本主義のせいだよ。君は悪くないよ」と主張する。
自分は自虐史観には与しないけれども、自虐的な価値観や思考回路に染まっているとは思う。政治思想の左右を問わず、日本人の自尊心や自己肯定感は低い。日本社会の中で生きていると、自尊心や自己肯定感が低くなってしまう。
保守派がよく言及するウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムを支持しないけれども、「日本人は戦前の歴史に罪悪感を覚えるように洗脳されている。そのせいで誇りを持てずにいる」という世界観は、自己肯定感が低い人々にとっては受け入れやすい。日本に批判的な左派の言説は、いたずらに自己肯定感を低めるものとして映る。
「あなたの誇りや自己肯定感を抑圧している諸悪の根源があり、我々と共にそれを打倒することが可能であれば、私たちは失った誇りを取り戻せる」という物語は右派特有のものではなくて、左派の場合は資本主義や人権侵害や安倍政権という言葉が入るのだが、双子のように構造や理路は似通っている。
政治的言説が低い自己肯定感を埋め合わせる道具として使われている。ナショナリズムや排外主義、差別思想は、低い自尊心を埋め合わせるための補償行為なのかも知れない。劣った人間を作り出すことで、自分の価値を確認する。政治家や活動家も、自己肯定感に訴えかけるような方法を用いて人々に訴えかける。
低くなった自己肯定感を政治思想で埋め合わせる前に、別の方法で健全な自己肯定感を取り戻さないといけない。でも、それが可能ならここまで自己肯定感が低くなっていない。新約聖書に「天は非生産的な鳥も養っているじゃん。おまえが無価値な人間かどうかなんて小さな問題は気にする必要は無いんだぜ!」という話が載っているが、地球温暖化や農薬散布の影響で小鳥たちの多様性が減っていることを知ってしまった。生存バイアスだ。
真っ当な方法で自己肯定感を充足できないのであれば、「おれは人間の屑! それでも社会の害悪として図太く生きていくぜ!」と開き直った方がいいのかもしれない。