親指シフトを習得する。


十年以上ローマ字入力方式で文章を書いていたのだが、いつの間にか腱鞘炎になってしまった。タイピング速度と引き替えに右手の人差し指に過大な負担が掛かり、ロキソニンと湿布で痛みをごまかしながら文章を書いていたのだが、もう限界だった。

非効率的なqwerty配列を使って、さらに非効率的な日本語ローマ字入力をする。一時期文筆業的なことをしていた記憶があるのだが、一日一定以上の文字量をタイピングすると指が痛くなってしまうのは明らかにハンディキャップだった。

そこで2015年の夏、これまで身につけていた全てのタンピングスキルを捨て去る決意をして、親指シフトの練習を始めたのだった。

親指シフト用mikatypeをダウンロードして、無味乾燥なタイピングを延々と繰り返す。おれが知っている限り、まともな親指シフト用練習ソフトがこれ以外にはない。

しかしmikatypeはシンプルにして最強、余計な飾りがない故にその作業感を除けばもっとも効率的にタイピングをマスターできるプログラムである。

パソコンが普及し始めた2000年前後には多様なタイピングソフトが発売されていた。北斗の拳タイピング、タンピングオブザデッド、西部劇っぽいタイピングソフト、格闘ゲーム風タイピング練習ソフトozawa-ken……そのどれしもがローマ字入力方法をデフォルトとしており、親指シフトという選択肢は無かった。

2000年前後にはネット回線も細く、キーボードで文章を打つ以外にめぼしい娯楽が無かった。逆に言えば無駄に長文を打ち込む文化が存在し、それがナローバンドインターネットを支えていた。

2010年代に欠けているのはタイピングソフトである。もう人類はタイピングソフトを必要としない。フリック入力に取って変わられた。親指一本で欠ける文章には限界がある。その親指だけで入力された文章が今のネット社会に溢れている。

おまえはこの親指一本だけで文章を書く世界から脱出しなければならない。そのための救世主が親指シフトである。おれたちの世界に必要なのは、タッチタイピングによって生み出される文章である。人間の持つ十本の指を最大限に活用し、思考をそのままテキストエディタに流し込める文章入力法を習得しなければならない。

・長所
指に掛かる負担の少なさ。それが親指シフトの魅力だ。入力速度の向上がクローズアップされることが多い親指シフトだが、負担が劇的に軽減する恩恵の方が強い。打鍵数はローマ字入力の半分程度で、指の動きも少ない。
唯一の問題は、この日本語入力に適した方式が、絶滅しかねないと言うことだ。親指シフトとatokの保護を国策にして欲しいぐらいには、この二つの日本語入力方式は生き残って欲しい。
もうローマ字方式で長文を入力したくない。
・短所
親指シフトの難点は、環境整備の難しさにある。
おれはpomeraやshift-jisキーボードを用いているが、親指シフトに適したキーボードは少ない。変換・無変換キーが付いているキーボードがいいが、日本製のノートパソコンが少なくなっている。グローバルモデルはやたらとスペースが大きい。これでは親指シフトには適さない。 手軽に親指シフト環境を整えられるのはpomeraだ。ただし新しいモデルしか対応していないので注意が必要だ。