サドちゃん日記


 中学の理科でカエルの解剖をやる時に、周囲の「嫌だ気持ち悪い、男子がやって」という声であふれる理科室で、率先してカエルの解体を始めたのがサドちゃんである。その姿は医者が患者から心臓を摘出するような繊細な手つきではなく、イスラム国の戦闘員が捕虜の手足を面白半分に斧で切断するような、そんなやり口だった。

サドちゃん(エントリの内容的にこう呼ぶしかない)はバラバラになったカエルの死体から心臓を取り出して、「うわー、きれい!」と言った。確かにカエルの心臓は綺麗だった。まだ、とくんとくんと脈を打っていて、うっすらと赤かったような気がする(十年以上前のことなので覚えていない)。サドちゃんはその心臓を授業が終わるまできらきらとした目で見つめていた。宝石とかお菓子とかすてきなものを見る眼差しだ。漫画なら瞳にハートマークが入る感じだった。
 心臓は身体から切り離されていてもしばらくの間は動いている。サドちゃんはテッシュに心臓をくるんで筆箱にしまった。サドちゃんに殺されたカエルは休み時間の間に、土に埋めた。
 次の授業が始まった後も、サドちゃんはカエルの心臓を見つめていた。筆箱に隠していてもわかる。あの命をもてあそぶ邪神のような微笑みを浮かべていれば当然だ。ような、じゃない。実際に命をもてあそんでいる。
 授業が終わった後にカエルの心臓は動かなくなっていて、サドちゃんはお気に入りのおもちゃが壊れたときのような顔をしていた。そのときの僕はサドちゃんに心臓を摘出されてみたいという妙な性癖が植え付けられたり、大軍を引き連れたサドちゃんに故郷の村を焼かれたいと思うようになったものだ。
 カエルと向き合っていたときのサドちゃんの笑顔は、かわいいとか綺麗とか魅力的とか美しいとか、そういうカテゴリとはほど遠いものだった。戦隊もののマッドサイエンティストが自分の自由に弄くれるモルモット人間を手に入れたときに、あんな顔をする。
 この文章を書き始めたときは、ちょっと猟奇的で個性的な女の子とのラブコメっぽい感じに仕上がればと思っていたが、何かが違う。僕が求めていたのはからかい上手の高木さんとか、古見さんはコミュ障的なものであって、決して猟奇犯罪ダイアリーや人格破綻者とマゾ予備軍ではない。
 サドちゃんは他者の命をもてあそんでいたり、人を希望から絶望に叩き落としているときが最も輝いている。たぶん賽の河原の鬼になったら、満面の笑みで積み重ねられた石を蹴り飛ばしている。こう、缶蹴りみたいなノリで。
 でもサドちゃんの言動を見ていると時折背筋がぞくぞくしてしまって、性癖が妙な方向に歪んでしまった。