陰謀論職人・フェイクニュース・スミス編
ここ最近は陰謀論だけでは食べていけなくなったので、糊口をしのぐためにフェイクニュース・スミスの元に転がり込んでいた。陰謀論職人とフェイクニュース・スミスは同業であり、商売敵でもある。時にインターネット時代になってからは戦いにも激しさが増す。
「核兵器による脅威により、これまでになく安全保障環境が厳しさを増す中で、毅然とした対応を取らなければならない」という文章を読んだのだが、それは北朝鮮の核兵器じゃなくてソビエト連邦の核兵器だった。閉店売りつくしセールをいつもやっている店みたいな感覚で、これまでになく安全保障環境が厳しさを増しているのかも知れない。
このような過去の情報も、フェイクニュース業界にとってはいい資源だ。
冷戦時代にソ連への恐怖を煽っていた言説をリサイクルし、固有名詞を中国と北朝鮮に置き換えることによって手軽にフェイクニュースを製造する。あるいは日本で流通しているヘイトスピーチを国外のフェイクニュース業者に輸出し、移民やユダヤ人、メキシコ人、クルド人といった輸出先の国でホットな差別対象に置き換える。
フェイクニュース・スミスはよく口にしたものだ。
「ネットだけに頼っている連中には、これが30年前のものなのか昨日のものなのかなんてわかりゃしねぇ。スクリーンに映し出されりゃ、それが何十年前のものかなんて誰も気がつきはしない。フェイクニュースを信じるような人間が、わざわざ国外のフェイクニュースにまで目を向けているわけではない。この非対称性につけ込んで、フェイクニューススミスは広告費を稼ぐんだ」
ひとつの真実からはただ一つの記事しか作れない。しかしフェイクニュース・スミスは真実を切り分けて、改変することで無数の虚偽を生み出せる。コストパフォーマンスでは真実は虚偽に勝てない。
えげつないフェイクニュースを作り出す彼も、ときに「排水溝から子ネコちゃんを救出! 対立していた住民たちが協力しあった理由とは!?」といったほほえましいフェイクニュースを作っていた。架空の街、架空の猫写真を使った、心暖まる猫ニュースである。しかしなぜ彼が金にならない虚偽を生み出すのかが私には理解できなかった。
「人間には優しい嘘が必要なんだよ。厳しい真実だけでは生きていけない。金のためにあくどいフェイクニュースに手を染めていると、ついそのことを忘れそうになってしまう……。はじめはおれも他愛のない嘘で人を騙すことが面白かっただけだが、いつのまにか金を稼ぐために有害なフェイクニュースに手を染めるようになった。これはあくまでも、その贖罪のためにやっていることだ」
それ以上、フェイクニューススミスは語らなかった。
彼の生み出した優しい嘘と虚偽がどのようなものだったのかを、ここで語ることは控えさせてもらう。それはフェイクニュース・スミスへの最低限の礼儀だ。優しい嘘を信じ続けている限り、それは真実になる。
陰謀論職人としての事業も軌道に乗り始め、右翼界隈に「江戸時代は先進的なエコ社会だった! 日本文化に学ぶ地球温暖化対策!」という与太話を売り捌くことで懐にもだいぶ余裕ができた。フェイクニューススミスの優しい嘘に影響されたようで、私の作る陰謀論は幾分か丸くなった。
それから数年が経って、私はフェイクニュース・スミスの訃報を知った。私宛ての遺言を読むと、残った資産を現金化して孤児院に寄付して欲しいと書かれていた。彼はアンドリューおじさんという名義で、フェイクニュースの犠牲になって親を殺された孤児たちに寄付をしていた。それが彼にとって、罪を償う数少ない方法だったのだろう。
孤児の少女が「アンドリューおじさんはどういう人なの?」と尋ねた。私は「すてきなお話をつくる人だったよ」と答えてから、彼の作った優しいフェイクニュースのうちのいくつかを話した。
「このくらいの嘘を言っても、罰は当たりませんよね……?」
フェイクニュース・スミスの墓前で呟く。訃報自体が彼の作り出したフェイクだと思い込みたかったのかも知れない。彼の名前も、身の上話も、真実だと信じられるものは皆無だ。 嘘をつくのは苦手だ。少なくともフェイクニュース・スミスの足下にも及ばない。しかし私の語った嘘を彼女が信じれば、フェイクニュース・スミスは優しい慈善家のアンドリューおじさんとして彼女の記憶に残るだろう。