2021年12月~2022年の日記帳まとめ
文章の時系列は2021年12月→2022年12月です。
・偏愛マップ・コミュニケーション・もしくは沼へ引きずりこむために。
この文章はvrchatコミュ障の会話はじめ|フォトンサーモン|noteという記事の影響を受けて書かれたものです。
自分が人と話をするときには、自己紹介欄に書かれていることから会話のネタを拾ったり、Twitterを見て興味のありそうなことを聞いたりしている。これは「偏愛マップ」の手法で、「相手が興味を持っていることに、自分も興味を持ってみる」というスタンスでコミュニケーションをしている。
斎藤 孝は偏愛マップを作ってコミュニケーションを行う方法を提唱している。偏愛マップは一枚の紙に、自分の好きなものをひたすら書き込んでいくもので、詳しくは本を読むか検索して欲しい。
- 偏愛マップ―キラいな人がいなくなる コミュニケーション・メソッド | 斎藤 孝 |本 | 通販 | Amazon
趣味や好きなもの・興味のある事柄を公開し合って、会話のきっかけを作ったり、相手の関心を知ることで新しい世界を知っていく。お互いが偏愛しているものを共有することで、仲良くなれるし、知的好奇心も満たせる! 一石二鳥のコミュニケーション方法が「偏愛マップ」だ。
この偏愛マップをVRChatに応用する。具体的には「この話題なら、会話するときに聞いても大丈夫だよー」というものをBio欄やSNSに書いておくだけでいい。
同じことに興味を持っていたらそれで盛り上がればいいし、知らないことだったら教えてもらう。誰だって、自分が好きなものに興味を持ってもらえるのは嬉しい。隙あらば布教したいと思っているから熱心に教えてくれる。
会話が苦手でも聞き役に徹していればいい。
好きなことを語るときには「何も知らない人に向けて、どこがいいのかをプレゼンする。(沼に引きずり込む下準備をする)」、「興味を持って食いついてきたら、初心者向けのおすすめを教える(沼にくるぶしまで浸からせる)」「同族に対してむちゃくちゃディープな話をする(沼の中で楽しく暮らす)」ぐらいのギア切り替えができるようになっておく。
我々はコミュ障のオタクなので、早口で好きなものを喋り続けがちだ。「VRに適したゲーミングPCは、何を買えばいいですかね?」と聞かれたときに、「Ryzenの第三世代は7nmプロセスの(中略)シングルコア性能がIntelにくらべて(中略)コスパが(中略)」とか言い始めるので、そこだけは気をつけたい。
私は上記の話題を喋りたい欲求を理性で抑えつけて、「予算は15万から20万円ぐらいで、RTX 3060かRTX 3070なら大丈夫だよー」という無難な助言にとどめた。よく耐えた。でもここで「GTX3060の方がVRAMが多くてね……」とか言い始めると台無しなので、そのあたりは人によって使い分けよう。
こういう風に偏愛マップを使って、楽しい沼ライフに引きずり込んだり、引きずり込まれたりしよう!
・人間関係を数値化しない努力。
またSNS依存が悪化してきたので、いいね!やRTを非表示にする拡張機能を使うなどのレジスタンス活動を続けている。
いいね!で、自分のやっていることや人間関係を数値化されたくない。
SNSの犯した罪は、人間関係をスコア化してしまったことだと思う。友人の多寡や反応数が数値化される。友達が多い人間の方が幸福で、たくさんの反応が貰える人のほうが優れている。フォロワー数が多いのは善いことだ。SNSに耽溺にして様々な数を増やして、みんなから認められる人間になろう!……という、数字で承認欲求を満たすゲームに巻き込まれる。
行動が数値化されると、人と自分を比較するようになる。
最初は反応があるだけで嬉しかったのに、人と比較したり、反応がないことが気になり始める。他の人は美味しい食べ物を食べていたり、たくさんの友達に囲まれていて疎外感を覚える。これは百合漫画にありがちな「私にとってあなたはたったひとりの大切な友人だけど、あなたにとって私はたくさんいる友達のひとりでしかない」現象の変異株みたいなものだ。
いいね!のあるSNSを使っていると、「あなたがどう思っているのかは関係ありません。他者からどう思われるかだけが、唯一にして絶対の評価基準です」という価値観を内面化してしまう。
無数のいいね!に晒されながら、「おれひとりだけが、良さを分かっていればいい。人と比較する必要はない」というスタンスを貫くのは難しい。実験室のラットみたいに、いいね!によって調教されて他者の評価がすべてになる。
自分がブログで文章を書くことにこだわっているのは、人間関係やアウトプットを数値化したくないからだと思う。誰かに見て欲しいけれども、やっていることの価値基準をいいね!やSNSのプラットフォームに委ねたくない。
・人の心を変える魔法
おジャ魔女どれみ20周年記念作品『魔女見習いをさがして』を大晦日に観ていた。
おれはおジャ魔女どれみの「人の心を変える魔法は禁じられている」を座右の銘にして生きている。書店にいくと「人の心をつかむ会話術」とか「人を操る心理学テクニック」といったタイトルの本が置いてある。
人間の心は思ったよりも適当にできていて、バーナム効果やコールドリーディング、SNSで収集した情報を使ったウォーム・リーディングなどの技術を用いれば、「この人は私のことを理解している」と思わせることは不可能ではない。
サイコパスや犯罪者は、被害者に近づくときに「この人は私の心の内をよく分かっている」と思わせるのが上手い。詐欺グループの中には人心掌握のテクニックをマニュアル化しているところもある。
それなりに口が上手くて悪意のある人間だったら、私利私欲のために人の心の弱い部分に付け込むのは難しいことではない。
これが現代における「人の心を変える魔法」に相当する。人に好かれたいとか、関心を持たれたい。誰かの心を思い通りにしたいというのも、人の心を変える魔法に属するのだと思う。
自分はよく「人が自分の思い通りに動いたらいいのに」と思うことがあって、その度に「これは人の心を変える魔法を欲しているな……」と自省している。人の心を変えることを欲するのは、他者を自分の欲求を満たすための道具として見なしていることと同義だと思う。
どれだけ邪な感情を持っていたとしても、不都合な気持ちがあったとしても、それを取り除く権利は私にはない。
「人の心を変える魔法」は自分にも悪影響を及ぼす。
対人関係を魔法やテクニックに頼っていると、どこまでが作為の無い感情で、どこからが人の心を操作する技術なのかが分からなくなる。もしかしたら無意識のうちに人の心を、自分好みの方向に誘導しているかも知れない。
そうしたら自他の心を信じられなくなる。
人の心の一番深いところには干渉してはいけない。本人の意志を尊重せずにねじ曲げることはできない。たとえそれが、本人が消して欲しいと望んでいる欠点であっても、それを魔法で変える権利は自分には無い。
でも自分勝手な願いを人に押しつけたり、人の心を自分の思い通りに変えたくなる。それが人間の性だからこそ禁忌になる。
おれは魔女にも魔女見習いにもなれなかったし、魔法も使えないのだけど、「人の心を変える魔法を使ってはならない」という掟だけは守りたいと思っている。それがおれとどれみが交わした約束だからだ。
・女装バトル漫画が読みたい January 9, 2022
「コロコロコミックで女装バトルマンガとか始まって、男子小学生に女装ブームが訪れないかな」……と思っていたら、「幼稚園の男の子に「フリフリの女装」をさせると他人に優しくなった - ナゾロジー」という研究が行われていることを知る。シンクロニシティだ。
問題はどのようにして小学生男子に女装をさせるかである。
「そもそも男児はおしゃれに興味を持たないだろ」というのは古い価値観だ。エスキモーに冷蔵庫を売るために頭をひねるのがマーケティング戦略である。小学生男児にコスメや女性向け衣料品を売るためには、既存のホビー市場とメディアミックスするのが最適解だ。販促のために女装バトル作品を生み出せば、男子小学生に女装させられるはずだ。
わたくしのターン!さらふわ金髪ウィッグ、フリルがいっぱいのガーリーなワンピース! 追加でリップクリームで透明感のあるぷにぷにの口紅にしますわ! 攻撃表示!恥じらう可愛いポーズで3500ダメージ!!地形効果・夏のひまわり畑でさらに攻撃力が上がる!!……みたいな感じでバトルものにすれば大丈夫に違いない。
202X年。女装バトルが大流行している日本。
主人公は活発元気系美少女を目指し、ライバルはクールなお嬢様に女装する。最初は女装技術や可愛さを競っていたバトルだが、関係性を評価するペア種目が導入される。不倶戴天の敵だった主人公とライバルは手を組み、「病弱で屋敷の外に出たことが無いお嬢様と、彼女がお花を育てている庭園に迷い込んできた天真爛漫な少女」の激エモ百合エピソードで女装トーナメント決勝戦にまで勝ち上がる。しかし頂点で待っていたのは「男の子は、男らしくあらねばならない」という有害な男らしさを押しつけるライバルの父親だった。
ライバルが女装を始めたきっかけは、死んだ母親に会いたかったからだ。女装をして鏡を見れば、そこに死んだ母親の面影が映る。それ以外に母親に会う方法が無かった。しかし父親が真実を告げる。
「その写真の母の姿は、女装した私だ……!」
母親は死んだわけでは無い。女装癖の父親に愛想を尽かせて出て行っただけだった。この苦しみを息子には味わわせたくないという理由で女装から遠ざけていたが、血は争えない。
Let’s Cross-dressing!来週も絶対観てくれよな!
(続かない)
・等身大の感受性
新年早々、芸能人格付けチェックを観てしまい、暗鬱とした気持ちになった。
最高級ワインと1000円の激安ワインの利き酒をして、安いワインを選んだ芸能人を小馬鹿にする感じの番組なのだが、「自分の感性ぐらい自分で決めろよ」と憤慨していた。
1000円のワインを美味しいと感じたのなら、それが自分にとっての等身大の感受性だ。貧乏舌だと馬鹿にされたり、いいものと悪いものの区別ができない人間だと誹られるかもしれないけれども、「誰が何と言おうとも、自分はこっちのほうが好きだ」って言える感受性を持っているほうが格好いい。
だけど、他者に依存しない感受性を持つことが難しくなっている。正解はあらかじめ外側に存在していて、その尺度で自分の感受性の善し悪しが測られる。
ここのところ、Twitterのいいね!の数やRetweetを消す拡張機能を使っている。SNS依存対策だけではなくて、「他人の評価で自分の感性を歪められたくない」という動機からだ。
視野狭窄でも、間違っていても、大多数が否定しても、「こういう理由で自分はこれが大好きなんだよ」と言えるかどうか。他人の評価を知った上で、自身の感受性を信じられるのか。それが等身大の感受性だ。
何年も禁酒をしているけど、スーパーで売っている安ワインもけっこう飲みやすいしさ……。
・「変えない」という政治スタンスについて。
「私はあなたの考えを無理に変えようとは思っていないし、あなたも私を変えようとしないで欲しい」という政治スタンスでいる。
たとえば自分が陰謀論や間違った情報を信じているとする。いきなり他人から「お前は間違っていて、私は正しい。今すぐ悔い改めろ」と言われても、デマを信じているぐらいに愚鈍で非論理的な人間なのだから、感情的に反発してしまう。
誰がどんな考えを抱いていても自由だし、それが正しいと思っているのなら信じていればいい。他者に害を及ぼさないという条件付きだけど、「他人の思考を変えようとしない」というのが、自他の内心を尊重することだと思う。
「私は正しい。お前は間違っている」のフレームワークから逃げ出したい。少なくとも私だけは、その態度を捨てたい。
世界を変えよう。社会を変えよう。他者の考えを変えよう……ではなくて、「自分も間違っているところがあるから、ちょっとずつ改めていかないとな……」と、自分が気がついたところがら変えていくことしかできない。
「この社会のどこかにあるジェンダー差別その他諸々を無くそう!」ではなくて、「自分も無意識のうちに差別的言動をしていて、女性に献身的なロールを強要しているかも知れない」という内省の話になる。
もちろん、この話も「少なくとも自分だけはこうしよう」というものなので、人には押しつける気はない。あなたの思考を変えるつもりはない。その上で、「私はこう思っている」としか言えない。あなたに思考を変えられるつもりはないけど、「君はこういう風に世界を認識しているんだね」と受け止めることしかできない。
あなたの語った言葉の中に良さそうなものがあったら、「奇遇ですね。私も同じことを考えていたんですよ」と、素知らぬ顔をしてパクるつもりでいる。自分の考えたことも、自分の発案であるかのように使っていい。同じ考えを持った人間が増えるのなら目的は達しているからだ。
そういう風にしか他者の思考を尊重できないから、「無理に変えない・変えられたくない」スタンスでやっている。
でも自分が他者に害を及ぼす怪物になったときには、ちゃんと殺してくれ。
・雑多映画感想文1
・トロール・ハンター
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「昨日観た映画は、ノルウェーの自然が綺麗でしたねー」って言ったけど、実際にはトロールを狩るおっさんを追った熱いフェイク・ドキュメンタリーだ。NHKでやっている職業もののドキュメンタリーに肌触りが似ていて、B級怪獣映画であることを忘れて見入ってしまった。
ただ、この映画のあとだと熊の出没情報に政府の陰謀を感じ取ってしまうようになる。
・ リトル・フォレスト
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「トロール・ハンターはノルウェーの寒々しい田舎の風景が綺麗だった」と言ったが、日本を舞台にした作品だと『リトル・フォレスト』が秀逸だ。
『海獣の子供』の五十嵐大介が描いた同盟の漫画が原作で、こっちも好きだ。一年を通して、岩手内陸の自然美が撮影されている。
映画ではないけど、五十嵐大介先生の『魔女(2) (IKKI COMIX)』は最高の漫画だと思っているので、機会があれば読んで欲しい。
・ マジカル・ガール
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「余命わずかな少女アリシアは日本のアニメ「魔法少女ユキコ」の大ファン。彼女の願いはコスチュームを着て踊ること。娘の願いを叶えるため、失業中の父ルイスは、高額なコスチュームを手に入れることを決意する」というあらすじから、感動するヒューマンドラマかと思ったら、別方向から心を揺り動かされる作品だった……。
監督は『魔法少女まどか☆マギカ』に影響を受けてこの作品を撮ったらしいが、虚淵玄の脚本から人間の美しさと弱さを取り出して、まどか☆マギカから魔法少女成分を抜いて、3倍ぐらいに濃縮したような後味の悪さ(※誉めてる)。
ゆっくりとした作風でところところ早送りをして観ていたのだけど、多くを語らずに行間を受け手に想像させる余地がある。幸福を願って行動したはずなのに、幸せになる人間が誰も居ない。一時期の暗黒魔法少女アニメの文脈もしっかりと汲み取っていて、確かにこれは「マジカル・ガール」と言える。
「後味が悪いけど、感情が揺さぶられるから観て!」とか言えないあたり、人を選ぶと思う。
・えんとつ町のプペル(という名の『魔法少女隊アルス』)
- 魔法少女隊アルス episode 1| バンダイチャンネル|初回おためし無料のアニメ配信サービス
ひとつひとつの題材はいいのだが、構成が壊滅的に悪いので失敗したピタゴラスイッチみたいになっている。制作がSTUDIO4℃なので、絵作りや世界観の表現には一定の安定感がある。でもすべてが乱雑でつながっていない。
そんな映画に対して、おれは『魔法少女隊アルス』の面影を見てしまった。
『魔法少女隊アルス』はSTUDIO4℃が制作していたダーク魔法少女ものアニメで、世界観とアートワークが素晴らしかった。
誰かに初恋の人の面影を重ね合わせるように、おれは「もし今のSTUDIO4℃が魔法少女隊アルスをリメイクしたら?」と考えずにはいられない。なんとなくそれっぽい異世界ファンタジーではなくて、作り手の想像力が炸裂しているタイプの唯一無二の世界観がある。借り物ではないイマジネーションで一つの世界を作り出してしまう。そういう魔法使いみたいなクリエイターが手がけた作品なので機会があったら観て欲しい。
ちなみに同系統の映像作家にはギレルモ・デル・トロがいる。
・つみきのいえ
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海面が上昇して、家の上に新しい部屋を立て続ける老人の話。水は時間の暗喩で、沈んでしまった部屋には住めないように、私たちは過去には留まっていられない。
老人は水中に飛び込んで過去を思い出していく。
・『世界から猫が消えたなら』
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役者の演技と演出が過剰で、台詞ですべてを説明しようとするところや設定考証の雑さが目立つ。「それがないと文明がなりたたないじゃん!?」というものまで消えてしまうけど、猫ちゃんと画面作りがいいので許せてしまう。
ときどき、「内容に難があるけど、やたらと画面の構図や映像表現が美しい映画」があるので油断できない。ねこかわいい。
同じタイプの映画に『世界の中心で愛を叫ぶ』がある。友人から「お前には絶対に縁のなさそうな映画だと思ったから、観ていてびっくりした」と遠回しにdisられたことがあるのだが、カメラマンが『リリイ・シュシュのすべて』の篠田昇だ。映像にパワーが込められている映画はいいぞ。
・47 Ronin
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フロム・ソフトウェアのSEKIRO: SHADOWS DIE TWICEが好きなら絶対に観ておけ! ダーク・ファンタジー・ジャパニーズ時代劇としてのアートデザイン力が異様に高い。もののけ姫に出てくるような怪物とキアヌ・リーブスが戦う!……のだけど、最初だけで後の物語には一切関わってこない。黒甲冑武士や出島格闘場などのわくわくするキャラクターや舞台が広がっている! ただそれだけ! でも! こういうの大好きなの!!!!としか言えない。
MTGのフレーバーテキストに影響を受けたダークソウルと、Sekiroから影響を受けたとおぼしき侍が出てくるMTGの「神河:輝ける世界」。確実にスタッフがSekiroをやり込んでいて、「剣聖 葦名一心」ではなくて「二天一流 一心」とか出てくる! ゴシックホラー風世界のイニストラードはBloodborneを想起させるし、みんなフロム大好き過ぎるだろ……。
・ピーター・ラビット
「映画版ピーター・ラビットは英国格差社会の暗喩ではないのか?」と訝しんでいたが、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んだあとだとその確信が深まる。あの映画はエスタブリッシュメント層と社会から疎外された人々の断絶を描いている。
・HK/変態仮面
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『HK/変態仮面』を観た。絵面は酷いし画面は安っぽいのだけど、やっていることが王道特撮ヒーローのツボの文脈を抑えていて、思わず胸が熱くなる。人には勧めにくいけど、「変身できなくなったヒーローが、守りたい誰かのために生身で戦いに挑む」というシーンがある時点で500点ぐらい加点したい勢いだ。「こんな醜い俺の姿、お前にだけは見られたくない……」もあったので更に300点追加する。
ミュータントヒーローものに必須の「社会的に受け入れられない力によって人を救う」という葛藤も、変態性との相性が抜群だ。
鈴木亮平の筋肉が美しいので、変態仮面の肉体を観ているだけでも楽しい。最初はスーツアクターかと思っていたけど、自前の肉体なんだよ、あれ……。
・続編のHK/変態仮面 アブノーマル・クライシスは、アメコミ映画に寄せすぎていて個人的には響かなかった。
・『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』
イタリアの街並みに日本の不良がいるという謎の絵作りが好き。イタリアをロケ地にして杜王町です!と言いきるセンスがいいな。
「ロケ地の持っている魅力で殴り倒す」タイプの映画で、同枠には実写版『魔女の宅急便』がある。ジブリ版と比較される定めにある本作だけど、香川県の小豆島が綺麗なところと、途中から「魔女が呪いを運んでくる」という噂が広がってキキが疎外され始める日本社会の閉鎖的なところがホラーっぽい。
でも映画というよりも、小豆島の観光ムービーと小芝風花のイメージビデオとして楽しむべき作品だと思うよ。
・『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』。
- Amazon.co.jp: ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(吹替版)を観る | Prime Video
怪獣を神話に出てくる神々にまで昇華した演出が、最高に怪獣映画だ。人智の及ばない何か巨大な力を、古代から人々は神や悪魔と呼び、畏れ、崇めた。『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』では怪獣が怪獣であるところのアイデンティティである大自然への畏怖がこのうえなく表現できていた。
プリミティブな信仰心が得られる。
キングギドラが嵐と雷の神として進行してくるの、絶望感があって大好きだ。神々しさと荒々しさ、嵐の神ヴォーダンの痕跡を感じさせる。
・MTGアリーナ雑感。
・時代の流れに逆行してMTGアリーナをやっている。チュートリアルだけでもやってみない?
・MTGアリーナの配布デッキはよく考えられている。多色デッキを強化できるレアカードが、ジャンプインという初心者向けイベントで手に入れられる。「強いからもっと欲しいなー」と感じるカードを増やしていけば、自然とデッキパワーを高められるようにゲームがデザインされている。
最初の内はデッキを一から構築するのでは無くて、「強いカードを入れて、弱いカードを抜く」に留めているあたりがいい。MTGプレイヤーを一から育てていって、eスポーツとしての裾野を広げていくぞ!という意志を感じる。
ただ、その一連の流れが初心者に明示されていないことが問題だけど……。
・運営も「強いデッキを作るよりも、色々なコンセプトのデッキに触れてMTGの奥深さを楽しんでね!」という方向にプレイヤーを誘導している。
デイリーをこなすのに必ずしも勝つ必要がなくて、「30回、黒か白の呪文を唱える」みたいな条件が多い。
「負けてもいいから、色々触って試行錯誤してみようね。そのためのデッキはたくさん用意したよ!」という大盤振る舞いだ。MTGを普及させるためのツールだから初心者には優しいが、ピンポイントで欲しいカードを集めてデッキを作ろうとすると途端に資本主義の暴力が牙を剥く。一体、そのデッキを作るのにレアのワイルドカードが何枚必要なんですか……?
・情報のやりとりが活発になって、ゲームの寿命はいちじるしく短くなった。自分で試行錯誤するよりも、攻略wikiを読んで強いデッキをコピーすればいい。そっちの方が簡単に勝てるし、それも遊び方の一つだとは思うのだけれども、ゲームの寿命を縮めているよう思った。
初心者なのに「最強環境デッキランキング一位!」などの情報を得て、一直線に最適化されたデッキを組む。遊戯王マスターデュエルで言うと、エルドリッチデッキを作ったり、不必要なURを分解して灰流うららや増殖するGを揃える。勝つためには仕方の無いことだとしても、遊んでいて楽しいのか疑問に思ってしまい、MTGアリーナに避難している。
・MTGアリーナも同じ問題を抱えているけど、遊戯王ほど簡単に強いデッキが作れない。ゲームをスローダウンして、寿命が縮まないように気をつけている。
紙ではお試しでデッキを組むハードルは高いけれども、デジタルの強みを生かして様々なコンセプトのデッキに触れられる。ゲームの奥深さを体験してもらうために、プレイヤーが一直線に「最適な答え」に群がらないようにしている。
・勝ち負けに執着するとしんどくなる。ランキングを上げていくことを目的にすると効率を重視せざるを得ない。そうではなくて「試行錯誤してデッキを組む楽しさ」や「絵とフレーバーテキストを眺めて、想像力を巡らす楽しさ」、「世界観設定を知る楽しさ」もある。
カードゲームの面白さだけではない側面も、ゆっくりと味わっていけるといいよね。
・こういう感じの異世界乙女ゲームがしたいという話。
周期的に乙女ゲームをプレイしたくて仕方がなくなる。そもそも乙女ゲームというものを真面目にプレイしたことがないので、少女漫画をベースに考えられた架空の乙女ゲーを幻視することしかできない。現役乙女ゲーマーの方から見たら、「ギャルゲー未経験の女性が想像するギャルゲー」に感じられると思うのだが、おれは下記のような乙女ゲーがプレイしたくなる発作に見舞われている。
異世界に召喚された美少女になって、ホームシックに陥る。「どうして私が世界を救わないといけないの? もうこんな場所、嫌……。パパやママ、友達のみんなに会いたい……」と泣き言を漏らすのだけど、イケメン騎士(CV武内駿輔)が側に寄り添っていてくれる。そいつに「私の命に代えても、あなたをお守りいたします」と忠誠を誓われたい。主人公のために傷つくことでしか愛情表現ができない不器用なやつだ。
悪役令嬢(根っからの悪人では無くて、財産や地位目当てで近寄ってくる人間が信じられなくなり、自分から嫌われるような言動を取っている)と一緒に牢獄に捉えられたときに、一時休戦して脱獄作戦を敢行したあたりからマブダチになり、ピンチの時には助けに来て「あなたがいないなんて、退屈すぎて死んでしまうに違いありませんわ」とか言って欲しい。犬猿の仲だった奴が、絶体絶命の時に加勢に来てくれるヤンキーマンガ展開だ。
イケメン執事(CV羽多野渉)がいるのだが、この子は悪役令嬢に恋心を秘めているので攻略不可能キャラだ。しかしDLCで幼少期からのエピソードが補完されるし、パーティにも加入する。
異世界ファンタジー乙女ゲームなのだけど、実際には拳で語ってわかり合うヤンキーマンガ文脈で話が進んでいく。ヒロインは口よりも先に手が出るタイプで、商人ギルドのちゃらい御曹司(CV熊谷健太郎)と殴り合ったり、亜人差別されている獣人のイケメン革命家(CV諏訪部順一)の胸ぐらをつかんだりする。危なっかしいところが放っておけないから、面白え女とか守りたい女枠でみんな惚れていくんよ……。
ちなみに公式の付き合いたい男性キャラランキングで女主人公が一位になる。
お姫様抱っこされるのではなくて、男性ヒロインを逆にお姫様だっこするイラストが公式Twitterアカウントに投稿されるような自立した女性で、ジェンダーも民族も種族も国籍も身分差も全部ぶち壊していくんだよ……。
そういう乙女ゲーがしたくて仕方がないので、何かお心当たりのある方は教えていただけると幸いです。
以上、よろしくお願いいたします。
・ヘッドセットを付けたままメッセージのやりとりをする方法
DMやDiscordのメッセージを送るときにQuest2を外すのが面倒くさいのでどうにかしたかった。バーチャルデスクトップを開いて、Chromeブラウザの音声入力でTwitterやDiscordなどのメッセージをやりとりをする方法を考えている。
実用的かどうかはわからない。
1,Quest2のマイクとChrome拡張機能を使って、入力された音声をテキストに変換する。
・Chrome
https://www.google.com/intl/ja_jp/chrome/
・Voice In(Chrome拡張)
https://chrome.google.com/webstore/detail/voice-in-voice-typing/pjnefijmagpdjfhhkpljicbbpicelgko
・使い方
https://ametuku.com/archives/10810
2,VRChatをやっているときにバーチャルデスクトップを開いて操作する。
https://tumugi-wa.blog.jp/archives/82835979.html#jump_d008
・「彼女は沼で死んだ。お前もそうなる。」(MTGアリーナ日記)
「彼女は沼で死んだ。お前もそうなる。」
――『沼の悪霊』フレーバーテキストより
ここ半月ほど、脳細胞のすべてをMTGアリーナのデッキ構築に注ぎ込んでいた。デッキ作りは精神的に消耗する。手持ちのカードとデッキレシピを眺めて、知識を蓄えて試行錯誤する。行き詰まりか?と思ってぼんやりしていると、無意識下に沈殿しているカードの表記が混じり合い、「これとこのカードを組み合わせればいいんじゃないのか?」というひらめきが生まれる。それを骨格にして、対戦を重ねながら枚数調整をしたり、確率的に安定させるなどのチューニングを繰り返す。
ぼーっとしている時間の大半をMTGの脳内戦闘シミュレーションにつぎ込んでいて、神経が疲弊してしまったのでもうなにもできない。
白緑と緑青のデッキ、コンセプト特化型と手札除去バージョンや呪文でカウンターを狙っていくなどの派生系も作っているので脳が痛い。配布デッキをアレンジしたものなのだが、考慮する材料が多すぎて頭が混乱する。もうこんなことやっていられるか!と思うのだが、実戦で自分の考えたとおりに戦闘が進んだり、思ってもみなかったシナジーを発見するのが気持ち良すぎる。
「ルールを覚えて、デッキをアレンジできるようになる」という目標が達成できたので、次は「同じようなレベルの人たちとのコミュニティを見つけて、楽しく遊ぶ」のを主眼に置いた方がいいな。
ランキング上位を目指したり、カード資産を貯めることにこだわりすぎると楽しくなくなる。報酬がモチベーションになるのではなくて、逆に「やるからには力を入れなければならない」というプレッシャーになるタイプなのだと思う。
カード資産や効率、勝利を過剰に追い求めると、義務感や強迫観念が囚われる。そうなると楽しめなくいるので、いったんMTGアリーナからは距離を置こうと思っている。一週間に二回ぐらい、まとめてデイリーを消化するだけでも十分かも知れないし、フレーバーテキストや設定資料を読む。
そんなことを思いつつMTGの世界観を調べていたら、「最強おばあちゃん魔法使いと天涯孤独少女の師弟関係百合」にたどり着いた。MTGはおれを逃がすつもりがないな……と確信しながら、ゆっくりと沼に沈んでいくのだった。
・雑多映画感想文2
・『デッド・ドント・ダイ』
デッド・ドント・ダイ面白かった。終始、弛緩した空気感に満ちていて「これは外れでは……?」と思ったが、途中から独特の間の取り方が癖になってしまった。日常系ゆるふわゾンビパロディだ。
ラストのトンデモから取って付けたような展開、それっぽいナレーション、適当な文明批判。正統派異世界ファンタジーに対する『この素晴らしい世界に祝福を』、魔法少女アニメと『せいぜいがんばれ!魔法少女くるみ』。デッド・ドント・ダイはこれらの作品と同じ部類に属している。
ジム・ジャームッシュ監督いいじゃん!他の作品も観てみよう。葉隠れを愛読する黒人暗殺者が出てくる『ゴースト・ドッグ』もいいぞ。
・『のんのんびより のんすとっぷ』
緩やかに死んでいく世界で新しく生まれる命。不変なものは無く、形あるものはすべて変わっていく。永遠に続くと思われていた日常系アニメは螺旋のような循環を描いて先に進んでいく。
かつて誰かが「えいえんはあるよ、ここにあるよ」と言って、おれはその「えいえん」をのんのんびより村に求めた。かつておれが探していた「えいえん」はここにも無かったが、「えいえんではないこの世界」がおれたち人間の生きる領分であることを悟った。
時間の流れは止まらない。「ここで立ち止まるな」と、のんのんびよりはおれに告げる。ここは旅の終着点であると同時に、また別の日常への始発点でもある。
・『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
フルダイブアニメ鑑賞でヴァイオレット・エヴァーガーデンを観た。フルダイブアニメ鑑賞とは、想像力を駆使して登場人物に感情移入し、魂と五感で作品を感じるという視聴方法だ。これを行うことで受動的に映像を観るのではなくて、おれがヴァイオレット・エヴァーガーデンになる。
少佐の瞳の色をしたブローチをのぞき込んで、あの人が自分に向けてくれた笑顔を思い出す。愛しさと喪失感、孤独。言葉にならない感情で胸が締め付けられる。再び少佐がその瞳で見つめてくれる日が来るのを願いながら、ベッドの上でぎゅうっと、想い出ごと抱きしめる。
そういった気持ちを想像しながら鑑賞するのがフルダイブアニメ鑑賞だ。
・『それいけ!アンパンマン 勇気の花がひらくとき』
※Amazon Primeではないです。
アンパンマンガチ恋勢映画。アンパンマンを好きになったら大変だと思うんだよね。包容力があって優しいけれども、それは自分一人にだけ向けられたものではない。決して自分一人だけのものにはならない人を愛してしまった時にはどうすればいいのか……?
夢女子属性が芽生えていて、アンパンマンをバタ子目線の乙女ゲーとして認識している節がある。絵柄こそ子供向けだが自己犠牲を厭わないイケメンが揃っていて、メロンパンナとロールパンナの姉妹百合もある。それにホラーマンはうさんくさいけれども、肝心なところで泣かせに来るイケオジ枠では……?
いくらイケメン揃いでもアンパンマンガチ恋勢は茨の道なんだよね。いくら私が新しい顔を焼いても、あの人は戦って傷付くことを止めない。それでもいいの……。アンパンマンはそういう人だから……。
・『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』
「すべての思考から距離を置くことができれば、たどり着けない場所はない」――僧瓈
- ザ・ワーク 人生を変える4つの質問
人間は自分の思考で、自分に対して催眠を掛けている。『ネガティブな俺がお前を全否定するバイノーラル音声・お前は役立たずの屑』みたいな音声が常に内心に鳴り響いていて、自己暗示をかけ続けている。
人間を醜いヒキガエルにする呪いはなくても、「自分は醜いヒキガエルだ」と思い込むのは難しいことではない。
『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問』は、自分に掛けている催眠音声に対して「それ、本当に真実だと断言できるの?」と突っ込みを入れて、思考の呪いをぶち壊していくワークブックだ。
「おれはもうだめだ」と思っていると、それは少なくとも自分の中では疑いようのない真実になってしまう。おれはもうだめだ。なぜなら、おれはもうだめだからだ……という無限ループに嵌まる。
「くそざこおとな♪やくたたず♪社会の屑♪」と罵ってくる内心の声に対して、「それ本当?」「根拠が何かあるの?」「そんな風に考えていて、どんな気持ちになる?」「そんなことを考えない方が楽になれるよね?」とカウンターを当てて、ネガティブ思考を破壊していく。
湧き上がってくる思考は必ずしも自分のものではない。非合理的で、不確かな感情を「自分が抱いている真実の思い」として誤認してしまう。まずは自分と思考を切り離して、客観的なものとして扱う。
外部に傷つけられることよりも、自分の思考に苦しめられることの方が多い。自傷行為のような思考を手放すために4つの考え方を用いる。
人生を変えられるかどうかはわからないけど、少なくともネガティブ思考に対してカウンターをぶちかませるようにはなる。ネガティブ思考は手強い奴で、たったこれだけでは倒れたりはしないのだが、「一発殴り返してやったぞ!」という手応えが得られる。
・日記・2022年3月14日
・ウクライナ侵攻の報道を観て気持ちが落ち込んでいる。津波の映像が流れる前にテロップが表示されたり、「カメラのフラッシュに気をつけてください」と注意をうながされるのに、戦争報道に関しては垂れ流しにされている。
不安や恐怖、危機感が煽られてメンタルが削られるので、なるべく距離を置いた方がいいのかも知れない。
・TumblrというSNSを(再び)使い始める。
- 忘れ去られた「Tumblr」に復活の兆し──大手SNSに疲れたZ世代の避難場所として利用急増 | DIAMOND SIGNAL
・TumblrというSNSを(再び)使い始めた。昔も少し使っていたのだけどいつの間にかユーザーの世代交代が起こったらしい。少し触ってみたが、いにしえのユーザーがあらかた死に絶えたのでインターネット加齢臭がしなくなっていた。
自分はTwitterが苦手でうまく使えない。パブリックなSNSという意識が強すぎて、駅前とか喫茶店みたいなところで喋っているような気持ちになる。ブログやTumblrは自分の部屋という感じがするから落ち着く。公共の場ではちょっと不適切な発言も自室なら問題無いだろ。「おれの部屋に来たんだから文句を言わないでくれ」と言える。
SNSは人間関係が発生して窮屈に感じられるときがある。フォローしたり外したりする行為に、「フレンドになる・縁を切る」といったニュアンスが付与されるし、言えないことも増えていく。
人間関係があまり発生せずにただ情報だけが流通しているから、SNSに疲れたときにはTumblrがいいよ……。
・おれはSNSコミュ障だ。不特定多数を相手にしたコミュニケーションや、虚栄心を満たすためだけに日常を飾り立てたり、広く浅い人間関係を維持する能力が欠落しているのでSNSが使えない。
無数の人間の眼差しを向けられているように感じて、言葉がこわばってしまう。自分の文章をTwitterなどで検索できる場所に放置しておきたくない。
そういう理由があるので、なるべくインターネットのすみっこを確保していきたい。
・MTGアリーナのデッキ構築で迷っている。これまでは単純に「強いカードをぶち込めば強いデッキになるはずだ!」という小学生みたいな考えのデッキを作っていた。かっこいいドラゴンのカードをたくさん入れて相手をぶちのめしたい。
その気持ちを軸に対戦と調整を繰り返していった結果、初期コンセプトがぶれまくる。答えがわからずに迷走して、何をやりたかったのかも曖昧になってきた。でかいクリーチャーを出して敵を叩きのめしたいのか、敵のクリーチャーを破壊して妨害したいのか、あるいはカウンターをぶちかましたいのかで悩んでいる。
そんなときには深呼吸してから、自分の心の声を聞く。デッキ構築に正解はない。カード選びに迷ったときには、「勝利を確信した敵の顔が、絶望と失意で歪むのを見たい」という気持ちを大事にする。
どういう風に相手を殺したいのか。心を折りたいのか。妨害してメンタルに嫌がらせをしたいのか。歪んだ性格からにじみ出た悪意の一滴一滴がデッキを研ぎ澄ませていく。カードゲームは性格の悪い奴が強い。
・視覚デザインとしての文章
「ねつ造」や「改ざん」、「まん延」、「子ども」「障がい」などの、中途半端にひらがなにする必要があるのかわからない表現が気になる。字面も間が抜けていて背筋が痒くなるし、「お前らには読めないだろうからひらがなにしておいたぜ!」と馬鹿にされている感じもする。
本を読むときにも表記が統一されていないので、どのような基準でひらがなにするのかの基準がわからなくて混乱する。
たぶん日本人はバランスで漢字を開くかどうかを決めていて、「漢字が続くと画面の密度が高くなるからひらがなにするかー」ぐらいの感覚で文章を書いているに違いない。すくなくとも自分はそうだ。
さっき「たぶん日本人は漢字とひらがなのバランスで」と書いたが、「多分日本人は漢字と平仮名の均衡で」と表現できたはずだ。文章の密度をコントロールするためにひらがなや横文字を使っている。
この言語感覚はいったいどこからやってくるのか? 漢字の堅さ、ひらがなの柔らかさ、文字の密度などの「視覚デザインとしての文章」を無意識のうちに書いている。繊細に描き込まれた箇所と余白を意識した漫画のように、文章にも密度の濃淡がある。重要では無いところは軽く読み流せるようにして、視線を集中させるべき箇所は密度を高くすることで、可読性を上げているのでは?
そんな風に思考が脇道に逸れていったのだけど、やっぱり中途半端にひらがなにせずに「捏造、改竄、蔓延、子供、障害」と表記するべきだと思う。
そっちのほうが文章が引き締まって見えるし、難しそうな字にはルビを振ろうよ……。
・追記、新聞を読んでいたら新しく「対じする」という表現も見つけた。
・MTGアリーナ日記。神河・赤単アグロ
MTGアリーナで神河版赤単アグロを組んだ。展開が早く謎の中毒性があるので、運用していて気持ちがいいデッキだ。「実験統合機」の衝動的ドローで実質的な手札を増やしつつ、軽いカードを高速展開して圧倒するスピード感。そのへんにあったレアカードを突っ込んであるけど「無謀なる歓喜の行進」が思ったよりもいい仕事をする。
ただし「流星の信奉者、ゴロゴロ」の居場所がいまいち見付からないので困る。長期戦になれば強いけど、それまでに決着が付いていることが多い。そう思っていたら4枚目が出た。乱数が偏るときは本当に偏る。
レアカードの採用に頭を悩ませていて、色々と試行錯誤している。ソーサリーとインスタンスが多めに積んであるので、「くすぶる卵」と「災厄招来」を採用したらいい感じにコンボが決まった。
「どのデッキ構成が正しいのか?」で思い悩んでいるのだが、デッキに正しさを追い求め始めたら間違った方向に進んでいる。完全な正しさがないと知っているけど、欲が出てくると正解を追い求めたくなる。
いい感じで雑さを出していきたい。精密時計のような設計ではなくて、「その辺にあるレアカードを適当に突っ込みました。完全からはほど遠いけど、なんかいい感じで動いています」ぐらいの不完全さを大事にした方がいい。
勝ちからは遠のくけど、楽しさを重視した方が長く楽しめるんじゃないのかな。
・最近観ていたやつ日記。
・狂言『靫猿(うつぼざる)』
- 狂言「靱猿(うつぼざる)」 | にほんごであそぼ | NHK for School
- 武蔵野大学能楽資料センター主催 狂言鑑賞会2020 ♯1 靱猿(うつぼざる) - YouTube
- マンガでわかる能・狂言: あらすじから見どころ、なぜか眠気を誘う理由まで全部わかる!
狂言『靫猿(うつぼざる)』を鑑賞していた。猿の演技をする子役が可愛い! 狂言は敷居が高いイメージがあって、実際に取っつきにくいのだけど、「猿役が可愛い」という幼稚園のお遊戯会レベルの緩さで鑑賞できる。
「猿の皮で矢を入れるものを作るから殺す→なにこのお猿さん可愛い……殺せないよぉ……(べた惚れ)」という内容で、三歳ぐらいの子供が初舞台に立つことも多い。狂言のお遊戯会だ……。
能と狂言も推しができたら観るのが楽しくなるのかな。靫猿を演じた子供が様々な役をこなして成長していく姿を、半世紀に渡って見守ったりできるのかも知れない。
・「せいぜいがんばれ!魔法少女くるみ」アイドル編の挿入歌「えげつないほどのSMILEで」。
https://www.youtube.com/watch?v=xKRKdZSqCFA
「夢と希望 ある程度の額のMoneyがあればいいね 最高だね」という歌詞に一目惚れした。作曲はmarbleの菊池達也。ひだまりスケッチで芽生えドライブなどの名作を生み出してきた。アイドルソングとしてのキャッチーさと不穏な歌詞、ポジティブさなど、押さえておくべきところを押さえている謎の一曲。
・『グリーンブック(吹替版)』
- Amazon.co.jp: グリーンブック(吹替版)を観る | Prime Video
黒人ピアニストの声優さん、めっちゃ良い声と演技してない?と思って検索したら、諏訪部順一さんだった。
・『妻、小学生になる』(コミック版)
家族ものであると同時に変則的な百合なんだよな……。小学生に転生した母と、子をネグレクトしているシングルマザーの間で奇妙な関係性が育まれていくのが最高にエモい。おばロリ×おば百合と言えばいいのか。
万理華ママが救済される話で、主人公たちの家族とつながりができたり、丸くなっていくのがいい。
・血のお茶と紅い鎖
感性で読み解くタイプのストップモーション・アニメ映画。風邪の時に見る悪夢みたいな世界観で、ヤン・シュヴァンクマイエルを思い出した。Amazon Primeだと『アリス』が観られる。
・孤独系ゾンビ映画もしくは人類大量死滅映画。
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オミクロン株が流行し始めてからゾンビ映画や人類が疫病で死ぬ系の映画を集中的に見始めるようになった。人間がいなくなれば、人間関係に煩わされることがないので癒やされる。人の輪の中で生きていく苦しさと、たったひとりきりの孤独のどちらが過ごしやすいのかというと後者なのだと思う。
「やっぱり人類が滅びたあとの世界は美しいよな!」という主張が過激化していった結果、風景だけの映像をバックグラウンドで流し始めるようになった。 - Amazon.co.jp: The Flow of Timeを観る | Prime Video
・『孤独なふりした世界で』
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人類が大量絶滅したあとの世界で遺体を埋葬し続けているという設定だけで満点をあげたい。高橋葉介の短編漫画『墓掘りサム』も死体埋葬の話なのだけど、「墓を掘り続ける」というモチーフには心惹かれる。
終わった世界で営まれる日常や、誰も居ない世界の空気感を味わう作品だ。後半はチープなポストアポカリプスSFさが拭えないが、孤独な世界のわびさび、もののあわれがある。
人類大量死滅系やゾンビ映画では、かつて栄華を誇った文明が滅びている。そこに感じる哀愁は松尾芭蕉が詠んだ「夏草や 兵どもが 夢の跡」と一緒なんだよね。
・『南極料理人』
南極観測隊が美味しい料理を作ったりするコメディなんだろうなー、と思って鑑賞したけど、「核戦争後にシェルターに閉じ込められる人たちが日常に固執して、正気を保とうとするポスト・アポカリプスSF」でも十分に通用するような作品だった……。隔離環境で徐々に精神が変調していって、狂気が水面下で静かに育まれていく。
人間と獣を分け隔てるものは文明で、日常から切り離されてしまえば人間の形を徐々に失っていく。人間であり続けるために、いままで日常で食べていたものを口にして、季節の行事を行う。人と会話をすることで自分がまだ人間だということを確かめる。
人間から遠ざかっていく者たちが、人間を演じることで、人間に留まろうとする。その姿はダークソウルの不死者や亡者を彷彿とさせる。
私たちは人間の形をしているのではなくて、日常という器の中でのみ人間でいられる。それが欠落すれば、グラスを持たない水のように形を喪失して、人間では無くなってしまう。
・人の機嫌を取らない。
対人関係ですこし無理をしているところがあるのかも知れない。好かれているのは分かっていても、「相手の期待通りに振る舞わないといけない」と無意識に思っている。
「自分がどうしたいのか?」よりも、「相手が自分にどんな振る舞いを望んでいるのか?」を優先してしまって気疲れする。そういう対人関係のパターンがある。
相手のことは嫌いではないし、喜んでくれるのは嬉しい。だけど自分との対人関係が下手だと、自身の優先度をないがしろにしてしまう。そうなると人と会うのも疲れてしまって、結局他の人との関係も上手くいかなくなる。
もう少し、人の気持ちを無視して自己中心的になってもいいんじゃないのかな。友達は減るかも知れないけど、人の機嫌を取るために生きているわけではない。
「今日は自分の都合を優先するわー」と言ったときに、その決断を尊重し合える人たちと仲良くなりたいし、自分もそうしたい。
そのあたりの距離感、もう少し上手になれたらいいな。
・フレンドプラスぐらいの距離感で。
Twitterもフレンドプラスかフレンドオンリーぐらいの距離感で使いたい。いまだと鍵アカウントにしない限りパブリック固定で、誰からでも発言を検索できることにストレスを感じている。このたとえ、VRChatユーザーにしかわからないな。
マストドンであれば発言ごとに投稿範囲が選べるのだけどTwitterには無い。基本的にVRChatをやっている人かフレンド、もしくはそのフレンドのフレンドぐらいが読んでくれればいいと思っている。
自分はVRChat用のアカウントを作るまで、長い期間Twitterから離れていた。
今のSNSに自分の発言を晒していると、面倒ごとに巻き込まれる。どこからともなく得体の知れない人間のコメントが湧いて、その言葉の多くはエネルギーを削いでいくもので、インターネットを介して人と関わることがストレスになった。
それだけが要因のすべてではないのだけど、Yahoo!ニュースコメント欄に棲んでいる悪霊が発する言葉を浴びていくと精神が削がれていく。そいつらには実体が感じられない。
リアルもしくはVRCであった人か、もしくはインターネット上で何らかの活動がある人でないと、「お前、だれだよ」と思って緊張する。
あとは「広く浅く」の人間関係を維持することに疲れた。
義理でいいね!を押し合ったり、広く浅い人間関係を構築して、互いに承認欲求を満たすことに意味を感じられない。そもそもいいね!をしなければ維持できない人間関係なら、無くなってしまっても特に問題がないと思っている。
今は自分に関わってくれる数少ない人たちを大切にしたほうが満足感が高い。SNS上での交友範囲は狭くなるけど、不特定多数の誰かではなくて実体のあるフレンドと交流したほうが楽しい。
望んでいる風には振る舞えないかも知れないけれども、それでもよければこれからもよろしくお願いしますね。
・人間を殺していいのかは、その時々の都合で決まる
ウクライナ侵攻以降、メンタルが地味に削られている。戦争報道の悲惨さに辟易しているという理由もあるのだけど、「人間を殺していいのかは、その時々の都合で決まる。上手く立ち回れば罰せられることはない」と言われているみたいで気分が悪い。
「基本的に人間は人間を殺しません」という普段馴染んでいる倫理観ではなくて、「でも、こいつらは殺してもいいよ」という例外が入り込んでくる。実際に自ら手を下さなくても、武器供与をしたり、経済支援することを通して、殺していい人間とそうではない人間の間に線を引いていく。
命の間に線を引く行為には原理原則がなくて、その時々の都合で決まる。
生命は平等です。人間には人権があります。こいつらは非人道的な価値観を抱いているので殺していいです。動物は虐待しないようにしましょう。病院や学校にミサイルをぶち込んでもいいです。生態系を維持するために地球温暖化を止めましょう。
相反したメッセージを浴びせられ続けると、今まで信じていた価値観もその時々の都合でしかないように感じられてくる。軍事侵攻そのものよりも、「基本的に人間は人間を殺さない」という原則が「人間を殺していいのかはその時々の都合で決まる。上手く立ち回れば罰せられることはない」という一貫性のないものに上書きされていく感覚が気持ち悪い。
・バーチャルお砂糖怪人「シュガレス」
「そのうちVRCでバーチャルお砂糖怪人シュガレスのアバターでも作るか」と思っているが改変する時間と機会が無い。シュガレスはお砂糖文化の闇から生まれたダークヒーローだ。涙で研ぎ澄まされた「妖刀・縁切(えんぎり)」を振り回して、幸せなお砂糖カップルを破局させていく。……はずだった。
最近は女性ユーザーにしつこくつきまとってお砂糖を迫る迷惑ユーザーを説教したり、恋愛感情でメンタルを病んだフレンドの相談に乗ったり、初心者をプラベに連れ込んでジャストしようとする闇の勢力と戦ったり、別れてもフレンドのままでいるにはどうしたらいいのかをアドバイスしている。
彼がお砂糖を憎むのは嫉妬からではない。お砂糖文化から生まれる悲しみや苦しみを消し去りたいからだ。
かつてシュガレスがバ美肉おじさんだった頃、好きになった相手がいた。VRCを始めた頃には「お砂糖なんてするつもりはないよ。恋愛なんて面倒臭くて、苦しいことの方が多いから、フレンドと遊んでいた方が気楽で楽しい。どーせお砂糖って言っても中身はおじさんだろ?」と言って距離を取っていたはずだった。だが、いつも自分にジョインしてくれるフレンドと一緒の時間を過ごしている間に淡い感情を抱いてしまった。
恋だとは認めたく無かった。「お砂糖をしない」ではなくて「自分のような人間にはお砂糖はできない」と思い込んでいた。人と親密にはなれる資格がある人間だとは思えない。それでも目覚めてしまった感情には抗えない。一時ばかりはお砂糖関係になったものの、不器用な触れ方で相手を傷つけることしかできなかった。
こんな悲しい気持ちになるのならお砂糖なんていらない……。人間に恋愛感情が無ければみんな楽しくVRChatができるに違いない。そう思った彼は般若の仮面を被り、人間関係を破壊する妖刀・縁切を手に、バーチャルお砂糖怪人シュガレスになった。
今日も彼の元にはInvite Requestが届く。お砂糖怪人「ソクバーク」が出現したらしい。恋愛感情が暴走しモンスター化したのがお砂糖怪人だ。束縛が強く、「今、誰とどこにいるのか?」をDiscordで逐一報告することをお砂糖相手に要求する。
シュガレスはソクバークをプラベに強制転送し、妖刀・縁切を突きつける。人を不幸にするお砂糖はこの世界にあってはならない。だがソクバークがお砂糖相手を過剰に束縛するには理由があった。昔、付き合っていた彼女に四股を掛けられていた。だから捨てられる恐怖に駆られ、束縛しないと安心できなくなっていることをシュガレスは知る。
「今夜は飲み明かそうぜ!」
シュガレスは彼をポピー横町に案内し、VR飲み会をしながら前の彼女の愚痴を聞いた。太陽が昇る頃には、お砂糖怪人「ソクバーク」も毒を吐ききって元のアバターに戻っていた。
「今のお砂糖相手には悪いことをしたし、別れるかも知れない。でも最後にちゃんと話してきたいと思います。長い間、話に付き合ってもらってありがとうございます!」
「おう!何かあったらいつでも話は聞くぜ!」
お砂糖から生まれる悲しみがメタバースから消えるその時まで、バーチャル怪人シュガレスは、戦い続ける……!
次回予告! バーチャル怪人シュガレスの元に、かつて付き合っていたお砂糖相手が現れる。「今のお砂糖相手があまり構ってくれなくて寂しい」と零す彼を前にして、懐かしさと愛おしさが溢れてくる。
「そんな奴とは別れろ。おれはおまえともう一度やり直したい」という言葉が喉元から出かかっているのを、シュガレスは必死になって抑える。悩んでいる彼の元にお砂糖怪人「スナオニナレナイ」が現れて……
お砂糖は全員爆発しろ! 来週も見てくれよな!!
・MTGアリーナ日記 レア無しデッキで遊ぶ
MTGアリーナはレア無しデッキでカジュアルに遊ぶのが一番ストレスフリーではないのか?と思い始める。手持ちのレアカードで中途半端なデッキを作ってもストレスが溜まるし、環境トップのデッキを作ってもいつまでも使えるわけではない。そもそもワイルドカードが足りなくてレアカード複数四枚積みが難しい。マッチングシステムの性質上、デッキパワーが同程度の相手と戦わなければならない。自分のデッキを強化すれば敵も強くなっていく。
そういう諸々の面倒くささを考慮に入れると「レア無し単色デッキを組んで、同じようなデッキパワーのプレイヤーと戦っているほうが楽しい」という結論に至る。カードが集めやすくてデッキ組むのも楽だし。
赤単メカアグロが優秀なので、少し格上のデッキなら丁寧にキーカードを焼いていけば勝てる。時々神話レア複数四枚積みデッキと当たることもあるけど、そのときは諦めろ。なによりレアなしデッキでレアカードを積んだデッキを焼き殺すのは楽しい。
・MTGアリーナ日記、ホビーマンガに出てくるチンピラになっている話。
MTGアリーナをやっているときの自分はかなり悪い顔をしていて、カードゲームマンガにありがちなチンピラ雑魚になっている。「おれはデュエルが好きなんじゃねえんだよおおお!弱い奴をいたぶるのが何よりも快楽なんだよおおお!!」とか言うタイプの敵役だ。
どうやら赤単に心惹かれているようで、「赤単ゴブリンデッキ」や「赤単メカアグロ」といった攻撃的なデッキが性に合う。赤単速攻アグロは脳から変な快楽物質が出て中毒性がある。好きなプレインズウォーカーはヤヤ・バラードなので、たぶん赤単の住人なんだろうな。
今は「ヒャハハハ!!燃えろぉ!燃えろぉ!!」と心の中で叫びながら、相手の軸となるカードを燃やしている。「おまえが頑張って集めたレアカードもなぁ!効果を発揮する前に焼いてしまえばコモンと代わりがないんだよぉぉぉ!!燃えろぉ!!血のトークンを生贄に捧げる! 4点ダメージの『電圧のうねり』ッ!!」とか、ライフを火力呪文で削りきるときに「死ねっ!!」と心の中で叫ぶなど、順調にカードゲームマンガの悪役になりつつある。ある意味ロールプレイだ。
完全な悪役だったおれも主人公にデュエルの楽しさを教えられて味方になり、MTGで世界征服しようとしてくる秘密結社の先鋒と対戦するようなポジションに収まりたい。
敵と戦い満身創痍になりながら、「おれはデュエルが好きなんじゃねえ!強いと思い込んでいる奴が情けなく地面に這いつくばる姿を見てえんだよお!!!!」と叫びながら、『災厄招来』で墓地にある乱動の噴火二枚を敵の顔面に叩き込んで勝利を収める。
そんなホビーマンガに出てくるチンピラに私はなりたい。
・ゾンビの倒し方
ゾンビ映画を観ていると「ゾンビを倒すには首を切り落とすか、ヘッドショットで脳を打ち抜くしかない」と思われているけれども、それは実践的では無い。確かにゾンビを殺すには頭部を狙うのがいいのだが、普段から戦闘慣れしていない日本人にとって、ゾンビと肉薄戦を行うのはリスクが高い。
ここで私が提案するのは「ゾンビの機動力を封じる戦術」だ。
ゾンビといえども人体の基本構造からは逃れられない。ゾンビ戦においてなによりも重要なのは盾で、基本的に噛みついてくるゾンビの攻撃を封じることができる。攻撃手段はリーチの外から一方的に攻撃できる槍を用いる。
盾で攻撃を防ぎつつ、槍で太股を刺して失血ダメージを狙う。もしくはアキレス腱などを切ってゾンビの機動力を削ぐ。ゾンビを殺すのでは無くて、動けなくすればいい。
機動力の優位を積み重ねることが肝心だ。
原則として戦闘は最小限に留める。ゾンビと会敵した場合には、あらかじめ作っておいたボーラを投げて、足を絡めさせることが有効だ。テニスボールとロープがあれば手軽に作れるし、三体ぐらいのゾンビが相手だったら、訓練を積めば一対一の状況に持ち込めるようになる。
- ボーラ (武器) - Wikipedia
・盾だけでは頼りない場面も多いと思うので、噛まれたり、引っかかれそうな部分はプロテクターで保護することも考えよう。
・生き残りを集めたら、盾と槍による密集陣形を試してみよう。 - ファランクス - Wikipedia
ゾンビから逃げるだけではじり貧になるので、ショッピングモールを制圧するためには盾と槍で武装して、生き残りたちに軍事訓練を施して、集団でゾンビと戦わなければならない。人間の持つ優位性は知性と協調性だ。
・盾と槍だけではなくて、バリケードを構築して隙間から攻撃したり、狭い通路におびき寄せて、一度に相手にするゾンビの数を減らす戦略もいいだろう。古今東西の軍事史、とくに火器が登場するまでの集団戦術に精通することでゾンビ戦を有利に進めていけるはずだ。
・痛覚がないゾンビには中途半端な飛び道具は効果が薄い。それよりも大量のボーラを投げたり狩猟用の罠を仕掛けることで、まともに動けるゾンビの数を減らすことを優先する。
「罠で行動範囲が制限されたゾンビを、遠くから槍で仕留める」のが理想のパターンだ。これは罠に掛かったイノシシや野生動物に止めを刺す手段を応用している。罠漁はゾンビクライシス下においても役に立つ技術が多いので、平時のうちに目を通しておくことをおすすめする。
・ゾンビと戦うために大切なのは「盾と槍、ボーラと罠」である。身近な道具で盾や槍を自作できるようになっておくことが、ゾンビパニックを生き延びるためには必要不可欠だ。
ここまで書かれていることで対ゾンビ戦における最低限の知識を得た。しかし生兵法は大怪我のもとである。「ゾンビを殺すのではなくて、生き延びること」が大事だ。戦わずに逃げられるのならそれに越したことは無い。
・百合の間に挟まっていい野球部の竹田概念
男が百合の間に挟まっていいのは「○○ちゃん、野球部の竹田に告白されたんだって……。竹田君はいい人だし、きっと○○ちゃんのことを幸せにしてくれる。それに私が○○ちゃんを好きでいるなんておかしいよね……。だからせめて、笑って○○ちゃんの幸せを願いたいな……でもなんでこんなに胸が痛いんだろう……?」と、主人公が思い悩むシチュエーションの時のみです。
竹田はいい奴でな……。元々○○ちゃんに好意を抱いていたのだが、彼女の視線の先にはいつも主人公がいることに気づいている。その上で告白をして、「わかってる。○○が好きなのはあいつだろ? 人を好きになる気持ちに性別は関係ない。もしおれが女に生まれていても同じように好きだって言っていたと思う」って言って、○○の背中を後押ししてくれるんだよ……。
後に同じ部活のピッチャー綾元に好きだと言われて戸惑うのだが、主人公たちに相談する。「今のおれには綾元の気持ちに応えられるかわからない。でも、綾元もきっと、言葉にするのに勇気を振り絞ったと思う。だからあいつの気持ちを否定しないで受け止めたいんだ」と素直な気持ちを打ち明ける。信頼しているし友情はある。恋愛感情ではないが綾元に対して特別な感情を抱いていることは確かだ。
竹田はいい奴なんだよ……。最終的に主人公たちと恋バナ相談をする中になったり、要所要所で的確な助言をするタイプの百合の間に挟まれる男なんだよ……。でも一体何なんだよ、おれの中にある竹田概念って……。
・距離を取るべき人間の行動パターンについて
この記事では現実やVRSNSにおいて、なるべく距離を取った方がいい人間の行動パターンについてまとめてある。
今回は「テイカー」「被害者ぶる人」「DV気質」といった行動パターンに焦点を当てた。彼らの行動パターンには共通点がある。「人の善意を食い物にすることで利益を得る」というものだ。
・テイカー
ギブ・アンド・テイクの「テイク」部分だけを受け取るのがテイカーだ。テイカーは自分から何も与えない一方で、他人のリソースは無尽蔵に収奪する。
テイカーが「くれくれ」というと、自己犠牲型のギバーは「じゃあ、あげるね」と言ってしまう。お金を。ものを。時間を。大切な人生を。すなわち、生きがいを。
恐ろしいことに、テイカーはギバーを見抜く能力が高く、そしてギバーを狙い撃ちしてくる。
解決方法を伝えたい。テイカーには、できる限り関わってはならない。よって、テイカーの特徴を知っておかなければならない。
・被害者ぶる人
人間は、他者の苦しみに共感し、またそれを取り除こうとする傾向がある。そのため彼らは、自分の苦しみを訴えることで注意を引き、共感や経済的支援を受け取る戦略をとるのである。
しかも、被害者になることで自身の報復を正当化することができ、ときには被害者が働いた不正行為に対する非難を、最小限に抑えることも可能となる。彼らは、物的利益を求めて嘘をつき、周りを騙す手段として、他者を中傷する可能性が高いという。厄介なことに、自分の苦しみを頻繁にアピールする人は「いい人に見られる」ことばかり気にかけ、「実際にいい人になる」ことには、興味を示さないようである。
- 被害者だとアピールしがちな人は「他人からいい人に見られたがる傾向」があるという指摘 - GIGAZINE
- ちまたにはびこる「被害者ぶる人」から身を守れ|【西日本新聞me】
- 「弱者」という強者の犠牲にならない具体的対処法。『被害者のふりをせずにはいられない人』を読む
- 「被害者ぶる人たち」の厄介すぎる危険な生態 | 読書 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
・DV気質
彼らに対しては「なるべく関わらないこと」が最適解だ。厄介な人間の特徴や行動パターンを知り、その兆候が見えたら距離を置く。それだけで危害を受ける可能性を低くできる。冷淡な態度に見えるかも知れないけど、リソースを一方的に奪っていく人間に対して優しく接する意味はない。
人に優しくして消耗する前に、まず自分の心身を優先した方がいい。
・ここ最近のVRChat日記(2022年5月15日)
・初対面のユーザーさんがカラオケワールドで「ゼンカイジャー」を歌っていたので、「もしかして暴太郎戦隊ドンブラザーズ観てます?」と尋ねる。頷く相手。「これでお前とも縁ができたな!」と固く握手を交わし、ドンブラダンス!を踊る。
これからお前はおれのお供(フレンド)だ!
・VRChatでワールド巡りをしているときによく、何枚もの写真が飾られた部屋を見る。よく使われているアバターには見覚えがあるが、まったく知らない人たちが映し出されたスクリーンショットがアルバムのように壁に貼られている。
誰なのかは知らないけれども、このワールドを作った人にとっては大切な思い出で、それぞれの人間関係があって、写真には写らない感情が背後にあるに違いないと想像する。自分にとってはアバターが写っているだけの写真だけど、その人にとっては忘れたくない場面を写した特別な一枚なのだと思う。
そういう写真を見る度に、出逢うことがない世界や人間関係があるんだなって想像を巡らせる。
・酷い会話
「最近の淫紋デザインはおしゃれすぎる」
「中世の騎士が紋章を持っていたように、サキュバスも家系や血筋によって独自の淫紋が受け継がれている。それを研究するのが淫紋章学だ」
「高卒のサキュバスとして働いて実地経験を積むのか、サキュバス大学おねショタ学部に進学するのか悩む」
「ショタ受け攻め逆転は専攻コースで選ぶ」
「サキュバス大学はジェンダー平等の観点から、トランスジェンダーの男サキュバスを国内で始めて入学させた」
「ウクライナ侵攻での戦争性犯罪を止めるために、国境なきサキュバス団が戦場に派遣される」
・ぶいちゃのフレンドとDiscordでおしゃべりしたあとに「今日もぶいちゃ楽しかったなー」と思ったんだけど、冷静に考えたら一秒もヘッドセット被ってなかった。
・「しーのさん……男性アバター買って、そのうちBLごっこしません?」と言われる。
・お砂糖お見合いおばちゃん
「VRChatにお砂糖お見合いおばちゃんがいるといいのでは?」という与太話をしていた。お見合い相手を薦めるみたいに、お砂糖お見合いおばちゃんが「この人とお砂糖するのはどう?」と縁談を持ちかけてくる。
紹介する相手はコミュニティで大きな問題を起こしたことがなく、コミュニケーション力があり、メンタルが安定している。人の気持ちを推し量れて、周囲の人たちから信頼されている。この人とおつきあいしても大きな間違いは起きないだろう。そう思える人たちを合わせて、お砂糖カップルを成立させる。
それがお砂糖お見合いおばちゃんの役割だ。懸念があるとすれば、上記のハードル割と高くない?という点だが、よくわからんやつとなんとなくお砂糖して失敗するよりもいいのかも知れない。
・お砂糖カップルの女性側が「お相手の男性が他の男といちゃついているBLがみたい」とのことで、壁ドンしたり耳元で甘い言葉を囁いたり、複数で囲んだり、「この前はプラベで可愛い声を出していたよな」と言ったりするなどの時間を過ごしました。楽しかったです。
・New Userのフレンド「お砂糖ってなんですか?」
Trustedのおれ「お砂糖というのはね……。(沈黙)。おれにもわかんねえよ……最初は一緒にいたい、大切にしたいって思っていたんだ。でもそれがいつの間にか〝お砂糖なのだから一緒にいなければならない〟という束縛と義務に変わって、愛情と自己犠牲の区別も付かないまま、自分も相手も傷つけてしまったんだ……。お砂糖って何なんだよ……だれかおれに教えてくれよ……」
・おれ「フレンドが軽率に女装写真を上げすぎるせいで脳みそがバグって、女性の自撮りを見ても〝この人、女装上手いなー〟としか思えなくなったんですよね」
・Questラジオ体操部。
A「さあ始まるザマスよ!」
おれ「いくでがんす!」
B「フンガー!」
C「まともに始めなさいよ! 」
A「インターネット老人どもが見つかったようだなッ!」
おれたち「「「!?」」」
・センチメンタルVRChat小説『スキナー箱のネズミたち』
最近はよく狐々夏(ここなつ)ちゃんアバターの子とワールド巡りをして遊んでいる。狐々夏ちゃんアバターは今でこそ使う人が少なくなったが好きなアバターだ。赤いショートカットと釣り目、八重歯が印象的な、活発な少女のアバターで性癖に刺さる。
この子とはパブリックのワールドをうろついているときに偶然出逢って、それからよく二人で遊ぶようになった。ボイスチェンジャーを使っていて、囁くようなか細い声で喋るのが可愛い。
いつものように話題になっているワールドを見て回る。
「ワールド巡りも疲れたし、どこか別の場所でゆっくりしようか?」
そう言ってYayoi Summer NightのポータルをInviteで開く。夏の夜風が気持ちよくて、落ち着いた雰囲気で過ごせるワールドだ。そこで狐々夏ちゃんを撫でながらお喋りをしていると、いきなり泣きじゃくり始めた。
自分に非があるのかと思って理由を尋ねる。
「ここね……お砂糖相手と過ごした場所なんだ……。もう大丈夫だと思ったんだけど、どうしてもそのときの感情や記憶が蘇ってきて、つい涙が出たんだ……いきなり泣いたりしてごめんね……」と彼女は言った。
ワールドには記憶がこびり付く。ただの3Dデータでしかない空間に、誰かと過ごした時間が積み重なって特別な場所になっていく。彼女にとってはYayoi Summer Nightがそうだった。
別のワールドに移動しなおして、彼女が泣き止むのを待った。窓の外で静かに雨が降り続けている。時々、ワールドの環境音なのか、実際に天気が悪いのかわからなくなる時がある。HMDをずらして確かめてみたが、現実では雨音は聞こえなかった。
狐々夏ちゃんが会いたいと思っている人は多糖類だ。最初はお互いに都合のいい関係として始まったのだという。何人か付き合っている相手のうちのひとりに過ぎない。狐々夏ちゃんは一対一の関係では失恋したときに苦しくなるので、人間関係を分散しようとした。そうすれば一人に依存し過ぎることはないし、別れても傷は浅くなる。理性ではそう考えていたけれども、感情は別だった。
「いつの間にか、その人じゃなきゃダメだって思っている自分がいることに気がついたんだ。あの人なんて数いる相手の一人でしかなかったから、別の誰かと遊べば気持ちを紛らわせると思ってしーのさんを選んだんだよ。でもダメだった。こうしているときにも、〝目の前にあの人がいて欲しい〟って思っちゃう。利用してごめんね……」
「そんなことないよ」とおれは言う。自分も似たようなものだった。彼女の狐々夏ちゃんアバターは、未練を残したままの人が使っているのと同じものだ。
「……さっきまで案内していたワールド、本当は別の子と一緒に行こうと思ってたんだ」
その人の喜ぶ声が聞きたくて、VRChat_world紹介タグ から綺麗なワールドを見つけてストックしていた。半月以上会えないまま、誰とも行けないワールドの数だけが増えていく。
「私でよかったの?」
「こっちこそさっきは泣かせちゃってごめんね」
ほんの少し間を置いて口を開く。彼女の質問には答えなかった。
今、ここにいない方の狐々夏ちゃんとの関係は、よく会うただのフレンドだった。ワールド巡りをしたり、何時間もDiscordで雑談したり、VR睡眠をするだけの仲のいいフレンドでしかなかった。よく一緒にいるものだから、他のフレンドから「二人ってもしかしてお砂糖なの?」と聞かれるぐらいだったが、「そんな関係じゃないよー」と笑って否定した。この関係がずっと続くと思っていたけど、彼の「リアルで彼女ができたんだ」という言葉が終わりを告げた。VRChatにinしなくなって、会ったり喋ったりする時間も極端に減った。
失ってからおれは自分の抱いていた感情に気がついた。おれはあの人のことが好きだった。最初は自分に湧いてきた恋心を否定した。相手は美少女アバターを着ているが男性だ。好きになったのは相手の中身ではなくて、狐々夏ちゃんのアバターが好きなだけだ。性癖に刺さるアバターが自分に親しくしてくれるから、脳みそがバグっても仕方がない。
この感情も一過性のもので、時間が経てば収まるはずだ。アバターが可愛ければ誰でもいい。目の前にいる狐々夏ちゃんと会っているのも、「自分は狐々夏ちゃんアバターが好きなだけだ」と言い聞かせるためだ。
狐々夏ちゃんは会いたい人と同じ表情で、愛らしく微笑む。これがおれが望んでいたはずのものだった。だが、今の自分には狐々夏ちゃんの微笑みがただのポリゴンにしか思えなくなっていた。同じアバターなのに声や動作が違う。だからこそ「目の前にいるのは、本当に会いたい相手ではない」と思い知らされる。
それを理解した上で、会いたい人の面影を投影する。一瞬だけでも自分を騙せればそれでいい。それが偽物でも、余計に苦しくなるだけだと分かっていても、そうすること以外に胸の空白を埋める術をおれは知らない。
会いたいと思っている相手がお互いに違う。欠けたものを埋めようとするけれども、異なったパズルのピースを当てはめるみたいな違和感を覚えた。
おれと目の前にいる狐々夏ちゃんは、別の誰かに届かない感情を抱いていた。この関係はフレンドでもお砂糖でもない。ただ「独りでいるのは辛いから、側に誰かがいて欲しい」という利害が一致しているから、一緒にいるだけだった。
それから何度も狐々夏ちゃんと時間を過ごした。特に週末の夜はどちらかが寝落ちするまで側にいた。
「週末の夜が来るのは怖いね」と狐々夏ちゃんは言った。
「まとまった時間が取れる分、平日に比べると待っている時間も、苦しい時間も長いから」
週末の夜になると皆、夜更かしをする。そういう日は普段あっているフレンドもプライベートワールドにいることが多くなって会えなくなる。イベントに参加したり、パブリックをうろついていても寂しい。
そんな気持ちの時に、おれと狐々夏ちゃんは二人でいた。たったひとりきりでは寂しさに耐えられそうになかったから、身を寄せ合っていただけだった。
狐々夏ちゃんとはよく恋バナをした。この前話した相手以外にも、VRで始めて好きになった人のことや、これまでに付き合った相手のことを喋った。
「いつも報われない人ばかり好きになるんだよね」と狐々夏ちゃんが言う。
「おれも不器用な恋愛しかできん」
器用に人を好きになれたら良かった。自分に好意を持ってくれる人、そばにいてくれる人、気持ちに応えてくれる人、都合のいい人。想うことで苦しくなる相手ではなくて、手近にいる相性のいい人で満足できるのなら幸せになれただろう。自分の求めてくれるものを与えてくれない人や、成就する可能性が薄い関係には見切りを付けて、スイッチを切り替えるみたいに感情をコントロールできるぐらいに器用だったら、今みたいに辛くなってはいない。考えても仕方がないことだけれども、無意味に苦しんだり、淡い期待に縋るよりも楽だと思う。
雑談をしていると狐々夏ちゃんの両手が不自然に動いた。メニューを開いて、ソーシャルにいる誰かを探している動作だ。自分も同じことをしているからよくわかる。ログインしていないか。どこにいるのか。誰と会っているののかが気になって仕方がないのだろう。深く考え過ぎても意味がないと分かっていても、身体は会いたい誰かを探そうとする。
「スキナー箱ってあるじゃん?」と狐々夏ちゃんが言った。
「ランダムで餌が出てくるボタンがある部屋でネズミを飼うの。途中からボタンを押しても餌が出ないようにしても、ネズミは〝もしかしたら次こそ餌が出てくるかも知れない〟っていう期待を捨てられなくて、空腹で死ぬまでボタンを押し続けるんだって。
今の私もスキナー箱のネズミみたいな気持ちかな。完全に会えなくなるのなら諦めが付くのかも知れない。でももしかしたら今日は会えるかも知れない。inviteが飛んでくるかもって気持ちが捨てられないから、いまもどこかで餌が出てくるのを待ち続けている」
精一杯の明るい口調を保って、彼女が喋る。
「本当にVRChatって時間の無駄だよね……。なんでVR機器とかゲーミングPC、アバター、Unityの操作にお金と時間を費やして、こんなに苦しくなっているんだろう?」
彼女の言葉におれはうなづく。人に執着するぐらいなら映画でも見ていた方が生産的だとは思う。
おれが好きだった前の狐々夏ちゃんは、彼女にQuest2をプレゼントして二人で会っているとTwitterに書いていた。ログインはしているがプラベ表記のままだ。
VRSNSは距離感がおかしくなる。地球の反対側にいてもヘッドセットを被れば会いに行けるのに、相手がプライベートワールドにいるときには世界の果てよりも遠い場所にいるように感じられる。ソーシャルを開いてJoinを押せばいいだけなのに会いに行けない。
それが分かっていても、もしかしたら会えるかも知れないという期待が捨てられずに、何度もソーシャルを開いて、どこにいるのかを確認したくなる。
空腹で死んでしまうまで、ボタンを押し続けるネズミみたいに。
狐々夏ちゃんとは恋バナ以外にも、おすすめの今期アニメや、他のどうでもいいお喋りをした。
「しーのさん、何かいい作品あった?」
「オッドタクシー面白いよ。アマプラで観られるし」
「私はVivyかなぁ」
「あれ、歌でみんなを幸せにするとか言っておきながら、戦闘プログラムをインストールして殴っている場面のほうが多くね?」
「後半からアイドルやるからちゃんと観て……」
偽の恋愛ごっこをしているような関係よりも、他愛のない話をしているほうが気が紛れた。この会話から半年以上が経った今でもVivyの後半は観ていない。
特に印象に残っているのは、突発失恋ソング集会(参加者二人)だ。おすすめの曲を教え合っていたのだか、今の心境にぴったりな失恋ソングを流し合う地獄になった。おれは佐々木恵梨「Last Diary」を再生する。プラスティックメモリーというアニメのPS Vita版テーマソングだ。〝めくればこぼれる記憶ごと捨てられたらと、一秒ごとに祈り続けていた〟というフレーズで傷に塩を塗り込む。相手も失恋ソングで応戦する。「ごめん……いまこの曲聞くのはおれに刺さるわ……」「危険なのでやめようね……」と言って、その日は終わりにした。
「わたしたち、お砂糖になれたらよかったのにね」と狐々夏ちゃんは言った。ログインする時間帯も気も合う。今とは別の形で出逢っていたら、好きになっていてもおかしくなかった。もしかしたらこのまま会い続けていたら、恋愛感情が芽生えても不思議ではない。でもいまは不可能だ。お互いに欠けたものを埋めようして、埋められない。そのことを分かっていて一緒にいるだけの都合のいい関係だった。
「きっとお砂糖になっても上手くは行かないよ。たぶん自分は束縛しがちだし、2ヶ月ぐらい経ったら一緒にいるのが息苦しくなって破局すると思う。それに、もう誰かを好きになって苦しくなるのは嫌だな」
「私もそんな気がする。好きになったら気持ちが重くなっちゃうから」
何ヶ月か経って、外出制限のないゴールデンウィークがやってきた。
久々に狐々夏ちゃんと会って、近況を報告した。時々会うことはあったけど、じっくり話をするのは久しぶりだ。彼女はもう狐々夏ちゃんではなくて、最近発売された人気アバターになっていた。ボイスチェンジャーも以前と比べると自然な声色に変わっていた。「発声練習を始めて、ピッチとフォルマントを下げた」とのこと。
「打ち込めることがあると余計なことを考えなくて済むから」と元・狐々夏ちゃんが言った。
VRCのフレンドは秋Hubに集まってオフ会している。見知ったアバターの写ったスマホがテーブルに並べられた写真がTwitterに上がってくる。
「皆、人に会いに行けるルックスが会って羨ましい」と元・狐々夏ちゃんがぼやく。外見にコンプレックスを持っていると、イメージが崩れるのが怖くなる。VRChat民は全員、バ美肉の限界キモオタであって欲しかった。
月並みな言葉だけど、時間が経てばだいたいのことはどうでもよくなる。おれは相手がリアルの恋人と上手くやっていることを素直に祝福できるようになっていたし、元・狐々夏ちゃんは多糖類の相手と別れてからなるべく会わないようにしているらしい。
「おすすめのワールドある?」
元・狐々夏ちゃんが聞く。
「ちょっと待って。VRChatワールド紹介タグで良さそうなとこ探す」
ブラウザを開いてTwitterのワールド紹介タグから、何となく雰囲気がよさそうな場所を選んでポータルを開く。元・狐々夏ちゃんとは頻繁にとは言わないが、時折あってお話しをしたり、ワールド巡りをする。プラベに籠もって何時間も喋るときもある。お砂糖ではないけれども、ただのフレンドという言葉で表していい間柄ではない。もし仮に関係性に名前を宛がうとしたら、「スキナー箱のネズミ仲間」が適切だと思う。
けれどもランダムで餌が出るボタンを押していたネズミだった頃とは違う。最近の元・狐々夏ちゃんもおれも、ソーシャルで誰かを探すようの手の動きをしなくなっていた。
・MTGアリーナのジャンプインが楽しい。
MTGアリーナにジャンプインという初心者向けイベントを延々と回しているけれども楽しくて仕方がない。「好きなパックを二つ選んで、40枚のデッキを作って対戦する」というリミテッド戦で、ゲームバランスがいい。相手も同じ条件で戦うので純粋にプレイヤースキルの戦いになる。構築戦みたいに全体除去や強カードが飛び交うこともないし、「神話レア四枚積みデッキに勝てるわけねえだろ!」とか「ピック失敗したから……」といった言い訳に頼れないのもいい。
「40枚の変則職工リミテッド。レアを二枚だけ入れていいが、同じカードはだいたい一枚」という形式で、デッキのパワーバランスが整えられているのが高評価。レアが2枚で残りはコモンとアンコモンが主体のデッキになっていて、「いかにしてカードの性能を最大限に引き出すのか?」を考えないといけない。
小さなアドバンテージを少しずつ積み重ねていく戦略性が求められる。
数少ないレアカードが切り札として機能していて、「虎の子のカードをいつ使うか? それを潰せる対策カードをどうやって温存するか? 相手の対策カードを早めに引き出すためにはどうすればいいのか?」といった駆け引きが楽しめる。
・地味なカードでこつこつとアドバンテージを稼いでいく。
・切り札を巡る攻防、強いカードを使うタイミングの読み合い。
・コンバットトリックで戦力バランスを大きく傾ける。
・止めを刺すための詰み筋を考える。
1ゲームの流れに緩急があるのでプレイしていて面白い。カードの強弱にメリハリがついていて、構築戦の大味な対戦とは違うゲームバランスになっている。
初心者向けイベントだと思われているけど、実際には上記のやりとりが発生するし、覚えることが多い。初心者から中級者ぐらいの人がプレイスキルを磨くのに適していると思う。
地味に重要なのが「遊びやすい」ことだ。
デイリー消化しながらだと、何戦かしたあとには自然と1000Gが溜まっているので繰り返しプレイできる。クイックドラフトだと一週間掛けて5000ゴールドを貯めてデッキを組んでも、運が悪いと3戦で敗北してしまうのに比べると気軽にプレイできる。
せっかくドラフトデッキを組んだのだから、勝ち負け関係なく満足するまで対戦したい。ドラフト三敗したあとにも、負けた人たちとフリーマッチできるようにして欲しい。
・『必殺!恐竜神父』を観た。
低予算Z級映画だが途中からマーベル版リメイクの恐竜神父を幻視するぐらいにはちゃんとアメコミのダークヒーローをやっているのが好感触だし、途中から内なる恐竜の「力が欲しいか……? 力が欲しいなら、くれてやる!!」が幻聴として聞こえ始めたあたりから完全な特撮ヒーローものになる。
ビル街で繰り広げられる忍者軍団とのハイスピードバトル、ベトナム戦争時代を思い出し完全武装で主人公を助けに来る先輩神父、竜の戦士の力に目覚めた弟との宿命の対決。主人公たちの家系が代々恐竜人と戦っているのを知ったときには鳥肌が立ったね……。恐竜人の力と、慈悲深き神の力が主人公の中で一つになって「恐竜神父」になる。
先輩神父の活躍を描いたスピンオフもある。これは「ベトナム戦争が実は人類と恐竜人との戦いだった」という無茶苦茶な設定ながら痛快なアクション映画に仕上がっているので、恐竜神父ファンはこちらもおすすめ……というところまで幻視するぐらいには映画としてのポテンシャルを感じた。カテゴリとしてはクソ映画なんだけど愛すべきクソ映画なんだ……。
・言葉にできないこともある。
(※本人の許可を取りました)
元お砂糖相手と会って話をしていた。だいたい別れて半年後ぐらいのことだ。そのときに「しーのさんは〝言葉にしてくれないと、何を考えているのかわからない〟っていうけど、言葉にできることばかりではないんだよ」と言われた。一度、関係に区切りが付いた後だから喋れることもある。
気持ちをうまく言語化できない。言った言葉が相手にどう解釈されるのかもわからない。不確かな言葉を喋って誤解の元を増やすのは怖いから、何も喋れなくなる。
「たとえばさ、〝どうして怒っているのかわからないの?〟というのは言葉の暴力だよね。正直にわからないと言っても怒られるし、分かっていても〝なら、どうして何もしてくれなかったの?〟って問い詰められる。黙っていても、答えても、どうせ怒られるなら黙っていたままのほうがいい」と、元お砂糖相手は言った。
「言葉にしてよ」と言われることが、「私を満足させるために、100点満点の回答を言いなさい」と同義になっている。もしも95点の回答を言っても、残りの5点を咎められるかも知れない。
もしも自分の気持ちを完全に言語化できても、問題が解決するわけではない。言葉にしたところで理解してもらえる保証はないし、いちど口にしたことは取り戻せない。だから何も喋れなくなる。
当時はその気持ちを汲み取ってあげられなかった。何を考えているのかわからないし、喋ってもくれない。コミュニケーションを拒絶されているように感じて、距離を置くようになってしまった。
お砂糖関係は2021年6月ぐらいに解消しているのだけど、たまに遊んだりして、「あのとき、もうちょっと上手くコミュニケーションを取れていたら、まだ続けていけたかもしれないね」みたいなお話しをしたりする。
相手の気持ちが見えなくなって、理解したいと思う。それは当然の感情だけど、「わかりたい」という欲望が肥大化していくのは好ましくない。自分が何を考えているのかも不確かだし、他人の方が自分の行動パターンを客観的に把握しているときもある。
話し合わないとわからないけど、言葉にできないこともある。でも「わかりたい」のではなくて、自分の納得のいく答えを得て不安を消したいだけのときもある。
「言葉にしてくれないとわからないよ」という正論を振りかざして、「あなたが何を考えているのかわからなくて不安になる。だから私を安心させて欲しい」と要求する。そうなるぐらいなら、相手が何を考えているのかなんてわからなくてもいいんじゃないのかな。
この前は元お砂糖相手が久々にリクインを飛ばしてきてくれたので、新しいCPUや打ち上げロケットの話をしたり、プラネタリウムのワールドでお喋りした。
もうお砂糖ではないのだけど、今の関係の方が自然体のような気がする。
・精神の迷宮としての『Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-』
※この記事は「カリギュラ6周年感想文コンテスト」の参加作品です。途中から作品の核心に関わるネタバレがあります。
『Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-』に心を抉られてしまい、精神が不安定になっていた。未プレイの人にもわかるようにざっくり説明すると「現実はしんどいけど、おれたちは生きなければならない」と「そんなの無理だから虚構の世界でしか生きられないの…」という魂の叫びが真っ正面からぶつかり合う現代病理ジュブナイルRPGだ。
現実世界では生きられない人間たちが集まって虚構の楽園「メビウス」で暮らしている。そこでは理想の自分になれるし、過去のトラウマから逃げられる。表面上は学園青春RPGなのだが、「生きているのがしんどい」というテーマが底流している。
現実に戻ろうとする主人公チームも、虚構の世界を守ろうとするオスティナートの楽士たちも、それぞれの生きづらさを抱えていて、彼らの辛い感情が流れ込んできてメンタルが不安定になっいた。
おれはもう駄目なの。幸福にはなれないの。偽りの幸福で痛みをやらわげながらメビウスと心中するのが、自分にとっては一番の幸せなの。それは端からみたら不幸なのかも知れないけれども、痛みが少ない方の不幸を選ぶの。それしかおれにはできないの……。
そんな感情になりながら、μ(ミュウ)のOrbitを延々と聞き続けているぐらいにはメビウスの住人になっていた。
主人公チームはそれなりに現実と折り合って生きていける側の人間なのだが、敵対するオスティナートの楽士たちは違う。自分を守ってくれる繭のような虚構が無ければ、現実に押し潰されてしまう。
カリギュラをプレイするきっかけはVRChatのフレンドに布教されたからだ。VRChatは美少女アバターに身を包んで現実とは違う理想の自分になれる。そういう意味ではある意味でメビウスに似ている。ゆるふわ美少女の中身がおっさんで、Twitterにカロリーの高いラーメンを毎日アップロードしているのも日常茶飯事だ。「エルデンリングが発売するまでのつなぎにちょうどいいかな?」と思って始めた本作だが世界観と登場人物の沼に嵌まった。
現実世界の自分にコンプレックスを抱えているのでVRChatにもカリギュラにも嵌まらない理由が無かった。そういう経緯があったので、現実を否定するオスティナートの楽士のほうに感情移入してしまった。
特に少年ドールのエピソードが刺さった。彼の「孤独は辛いけど、人と関わろうと努力して拒絶されるのはもっと苦しい。だから自分の方から拒絶する」という言動に魂を抉られる。手を伸ばしても得られないのなら、「あのブドウはすっぱいに違いない」と自己正当化していた方がいい。
人間関係リセット症候群らしき兆候があり、人から嫌われるぐらいだったら自分の方から関係を切ったほうがダメージが少ないと思ってしまう人間なので、鈴奈と少年ドールのエピソードで完全に心の傷口が開いた。
「勇気を出して現実に向き合ってみよう!」「人間もまだまだ捨てたものじゃ無いよ!」というのはたぶん真実なのだが、これまでに傷つけられてきた人間には届かない。そりゃおまえたちは仲間に囲まれて、友情パワーで困難を乗り越えられて、ちゃんと辛い現実に立ち向かえるだろうさ。でもおれには無理なんだ。怖いんだ。
おれはこの世界では生きられない。優しい嘘で包まれたメビウスに留まっていたい。現実が嫌なの。そもそも人間と関わりたくないの。寂しいけど、人間と関わろうとしてその度に拒絶されるぐらいなら、孤独の苦しみに耐えるほうがマシなの。そんな傷口がぱっくりと開いて、血が止まらなくなった。
カリギュラの世界は優しい。不幸が取り除かれた世界で、望んだ姿になれるし、過去のトラウマも和らぐ(完全に消えるわけではない)。でも世界が優しければ優しいほど、自分の抱えている苦しみを人のせいにはできなくなる。
名作アニメ『灰羽連盟』のときにも思ったけど、世界が優しくて正しいとしたら、間違っているのは自分しかいなくなる。苦しみが取り除かれた幸福な夢の中で、ただ一人、自分の作り出した地獄の中でうめき続ける。どこにも逃げ場所はない。
「あなたの願いを全部叶えてあげるよ」と言われても尚、前を向けない。コンプレックスから逃れられない。苦しみを捨てられない。この世界と、自分自身への深い絶望が通奏低音として反復(オスティナート)し続けている。
オスティナートの楽士たちは皆、「優しい地獄」に閉じ込められている。
天国にいても魂が自分を苛むのなら、そこは地獄になってしまう。
どれだけお膳立てをされても、前を向けない人たちもいる。主人公たちは現実に帰るための組織「帰宅部」を結成してオスティナートの楽士たちと戦うのだが、途中から「もうやめてくれ、こいつらはここでしか生きられないんだよ!」と庇いたくなってしまった。
オスティナートの楽士のテーマソングを聞き込むたびに、「辛い現実よりも、傷が癒えるまではメビウスに留まっているのも選択肢のひとつではないか?」と思い始める。
楽曲の耳触りがよくて延々と聴いていられるのに、歌詞と登場人物の背景を読み解くと途端に激重エモーションをぶつけられる。最初は「いい曲が多いですね」と思っていたけど、登場人物の感情が突き刺さってくる。トキメキ*リベリエとOrbitぐらいしか安心して聴ける曲が無い。
特定のキャラが刺さると危ないので、精神力を回復しながらではないとプレイできない。そんなゲームだ。
楽曲に込められた現実への深い失意と絶望がメビウスに充満して「精神の迷宮」を構築している。ダンジョンは物理的な建築物だけではない。悩みは自分一人で考えていると、メビウスの輪みたいに堂堂回りをし始める。他の人間から見たら「なんだ、その程度のことで悩んでいるんだ」というトラウマでも、一人で悩んで、もがいて、出口を失って、ぐるぐるぐるぐるぐるぐると、いつまでも思考の生み出した迷宮に閉じ込められる。
カリギュラ・オーバードーズは物理的なダンジョンでは無くて精神の迷宮だ。メビウスの輪みたいに出口の無い苦しみに囚われた人たちが、心の苦しみから脱しようと藻掻く。普通のダンジョンRPGとは毛色は違うけれども、心のダンジョンの構築に成功している。
ダンジョンフェチなのでこの尖った迷宮コンセプトが心に刺さった。
元々この文章はプレイ後に書き綴っていたものだ。感想文コンテストが開催されたのも何かの縁なので、唐突だがオリジナル女主人公×笙吾、妄想ルートの話をする。
「虚構か現実、そのいずれかを否定する」という結末しか無かったのが消化不良だったので、カリギュラオーバードーズ・トゥルールートを空想視してしまった。「こうなって欲しかった」という願望でしかないので「トゥルールート」と呼称するのはおこがましいが、あえて「妄想トゥルー」扱いする。真実のかたちは人それぞれだ。
ここから先は本編のネタバレがあるので、未プレイユーザーは「結び」まで読み飛ばして欲しい。
『オリジナル女主人公×笙悟、カリギュラ妄想トゥルールート』
女性主人公には自傷癖があって、手首を切っているときにだけ心が安らぐ。自分を許せなくて、この世界から消してしまいたいと思っていることからメビウスに招かれた。
カタルシスエフェクトは右手から生えた巨大なカッター。戦闘スタイルは近距離アタッカーで、パーティの先頭に立って敵の攻撃を引き受けるタンク役もこなす。HPが減るとステータスが上がるスキルを備えており、劣勢時に爆発的な火力を発揮する。
花はルドベキアと三つ葉のクローバー。ルドベキアの花言葉は「公平」だが、クローバーの方は「四つ葉ではない=欠けている=不幸である」という設定だ。幸せになりたいと願いながら、どうやったら幸せになれるのかが分からなくて悶々としている。
献身的で優しい性格だが、それは「自分のことなんてどうでもいい」という気持ちの裏返しでも。生きることにこだわりを持っていなくて、いつ死んでしまってもいいと思っている。
帰宅部に所属したのも現実に帰りたいという動機があったわけでない。戦って自分を苦しめている間だけは、自傷しているときと同じように気持ちが楽になったからだ。
笙悟は「こいつは放っておいたら、自ら命を絶ってしまうんじゃないのか……?」と心配して、女性主人公に気を掛けてくれる。主人公は自分のことを大切に扱ってくれる笙悟に心を開いていって、淡い恋心が芽生え始める。
しかし笙悟はかつて失った一凛の面影を、女主人公に投影しているだけだった。「死にたがる主人公を救えたら、自分の罪悪感が和らぐ」という理由から優しくしているに過ぎない。笙悟もそのことを自覚していて、後ろめたさを感じている。
笙悟の過去を知る過程で、彼も罪悪感を忘れないために自分を苛み続けていることを知る。女主人公が手首を切るのと同じように、笙悟は自分の心を痛めつけている。
それを知って、女主人公は笙悟の力になりたいと思うようになった。それが恋愛感情か友情、同情なのかはわからない。形こそ違えど、女主人公と笙悟は同じ痛みを共有している。自分では無い別の誰かが笙悟の心に留まっていてもいてもいい。笙悟には幸せになって欲しい。
一方、笙悟も徐々に女主人公といることに安らぎを覚え始めていたが、「一凛を見捨てた自分が、過去を忘れて幸せになっていいのか?」と葛藤する。
女主人公は「過去は忘れなくてもいい。でもこれ以上、罪の意識で自分を傷つけないで欲しい。いくら自分を傷つけても、罪滅ぼしにはならないから。それでいいから、私といっしょにいてくれたら嬉しい」と、笙悟を優しく包み込む。
強くなくても。情けなくても。笙悟の全部を受け止めたい。今の自分にはそれ以外にできることがない。メビウスに来てから始めて優しくされて、帰宅部のメンバーと出会わせてくれた笙悟に対する愛情は消えない。
たとえ笙悟の心の中にいるのが、もうこの世界には存在しない女性なのだとしても……。
主人公と関わって笙悟の心境に変化が起きる。「もう誰も失いたくない」という気持ちが芽生え、飛び降りるソーンの腕を掴む。
「楽にさせてくれ!」と叫ぶソーンに、笙悟は「もう、あのときの過ちは繰り返したくねえんだ……。だから一緒に苦しませてくれ」と言葉を投げかける。
相互理解はしないし、救いもない。人生は苦しいし、失った時間は戻らないし、問題は何も解決しない。現実は地獄で他者はクソだ。
それでもこの現実(じごく)で一緒に苦しむ。
それが笙悟にできる数少ない贖罪だ。
ラストバトルは帰宅部と楽士たちが手を取り合ってμの暴走を止める。維弦とイケPが背中を合わせて、大勢のデジヘッドと戦ったりしちゃう。帰宅部は現実に戻るため、楽士たちはメビウスを維持するために戦う。理由は違っていても、自分がいられる場所を守るために共闘する。
「誰もが幸せになって欲しい」
それがμ(ミュウ)の本当の望みだから。
μ(ミュウ)を元に戻したあとには帰宅部は現実に帰り、楽士たちはメビウスに残る。ここは迷宮では無くて、現実に絶望した人々が羽を休められる繭のような場所になる。
・結び
そんな妄想を日々思い描くぐらいにはカリギュラの世界観にどっぷり嵌まっていた。自分にとってカリギュラはプレイするものではなくて精神療法だった。カタルシスは元々、「心に溜まっていたものを排出する」ことを意味する。メビウスの世界の住人になり、登場人物に共感することで、自らの弱い部分を外側にさらけ出して抑圧されていた感情を解放する。
本作はゲームであると同時に「現代病理の症状を緩和するデジタルドラッグ」だ。少なくとも自分はそう受け取った。いますぐプレイして欲しいとは言わない。生きているのがしんどいとき、現実に耐えられなくなったとき、前を向けなくなったとき、他者と関わるのが怖くなったとき、死にたくて仕方が無くなったときに服用して欲しい。
・MTGアリーナ・カジュアルフォーマット「チープシック」
MTGで楽しめるカジュアルフォーマットを考えてみたよー。
■概要
・変則職工リミテッド
・同じエキスパンションでデッキを組む。
・デッキは40枚でコモン・アンコモンのみ。
・ただし切り札としてレアカードを2枚入れられる。
・基本土地カード以外のすべてのカードは、1つのデッキに1枚までしか入れることができない
・フォーマットのコンセプトは「リミテッドに強くなる」「低資産でデッキが組める」
・雑に説明すると「理想的に組めたドラフト用デッキで対戦する」イメージ。
・元になったアイデアは初心者向けイベントの「ジャンプインのデッキ」。ただの職工でも良かったのだけど、レアカードを巡る駆け引きが発生するのってカードゲームの醍醐味だよね!という理由からレアカードを2枚だけ使える。。
・職工ベースかつリミテッドなのでデッキ構築が容易。
・コモン・アンコモンを有効活用する。
構築だと使わないようなコモン・アンコモンへの造詣を深めることで、自然とリミテッドに強くなれるような対戦をする。
・日本語配列をカスタマイズする。
イラストを書く人はブラシをカスタマイズするのに、文章書きのほとんどがQWERTY配列のままなのはもったいない。親指シフトを使う人もいるけれども、この配列も洗練されているわけではない。
Aを小指で打つのは辛いとか、「ホームポジション人差し指がなんでFとJなんだよ、他に置くべき文字があるだろ」とか色々不満はあるはずなのだけど、配列を変えるという発想までいかない。初期設定のブラシのままで絵を描いているようなものだぞ。
イラストレーターが自家製ブラシをカスタマイズするみたいに、文章を書く人も配列をアレンジしたり違った配列を試すべきだと思う。
Tomisuke配列が出てきてアンチQWERTY配列の気運が高まりつつあるので、新配列に手を出すにはいい時期だ。ローマ字配列やカナ配列が色々あって迷うと思うのだが、「よく使う文字が打ちやすい場所にあればいい。あとは環境や好みで、気になるところがあれば自分でカスタマイズしろ」としか言えない。
個人的なおすすめ配列は新JIS配列だが、親指シフト、月配列、薙刀式あたりもいいと思う。ローマ字配列系は指の動きはQWERTY配列に比べて楽になるけど、打鍵数は変わらないので、大量の文章を書くつもりならカナ配列への移行も視野に入れて欲しい。
自作配列で文章を書くようになって久しいけれど、QWERTY配列ローマ字入力で同じ分量の文字を書けと言われたらキーボード叩き折るぐらいにはQWERTY配列に憎悪を向けている。この配列で長文書くとか正気の沙汰では無い。そう思ってしまうぐらいには、新配列の効果は効率的に設計されている。
新配列は効率化を目指している点ではどれも同じなのだが、コンセプトには明確な違いがある。多少効率が悪くても覚えやすさを重視した配列。どんな環境でも使えるようにした配列や、学習コスト度外視で日本語入力の効率を追求した配列、長文執筆に適した長期戦用の配列、競技タイパー向けの瞬間最大風速を重視した配列等の個性が出ているのが面白い。
自分が重視するのは継戦能力だ。指に掛かる負担を減らして、長時間の執筆に耐えられる配列がいい。QWERTY配列だと腱鞘炎に悩まされていたが、新しい配列にしてからは長時間文章を書いていても指が痛くなくなった。そういう意味だと薙刀式のコンセプトは実践的だ。表面的な打鍵速度ではなくて、一日に何時間もタイピングしなければ真価が分からない配列なんじゃないかなー、と勝手に思っている。
ブログの文章を短時間で書きたいのか、長期間文章を執筆しなければならないのかで、適した配列は違う。用途に合わせて配列を容易に変えられるのが配列沼に墜ちる最大のメリットだ。
これからキーボードで文章を書こうとしている人はQWERTY配列をぶん投げて、もっと楽な方法で文章を書けるようになって欲しい。効率とか生産性の問題だけではなくて、自分の手に最適化された配列で文章を書くと指の動きが気持ちいい。
・ヘテロ恋愛テンプレートへのカウンターとしての『腐女子のつづ井さん』
『腐女子のつづ井さん』という作品の生き様が大好きなんだよね。「打ち込める趣味と理解してくれる同性の友達がいれば、異性も恋愛も結婚もいらねぇ!」というライフスタイルを選んでもいいんだって思える。
異性と恋愛して、結婚しないと幸せになれないという価値観から逃れて、BLで悶えて毎日たのしくオタク生活を続ける。既存のヘテロ恋愛テンプレートに対するカウンターカルチャーコミックとして読んでいた。
VRChatユーザーならわかってくれると思うのだけど、「バ美肉おじさん同士でたのしくお砂糖(VR内における恋愛)!」も、既存のヘテロ恋愛テンプレートへのカウンターという点では同じだ。「別に異性と恋愛しなくても楽しく暮らせるんじゃないの?」って気がついて、始めて自分にとってなにが幸せなのかを考える余裕が生まれる。
BLもバ美肉お砂糖も既存のヘテロ恋愛テンプレートをなぞっている部分も否定できないけど、そこからお互いにとって心地よいオリジナルの関係性を築き上げていけばいいじゃん?
BLで思い出したが、同性愛者同士のセックスのほうが満足感が高いらしい。ソースは失念したけど「男女のセックスには、こうあるべきという固定観念が染みついている。でも同性同士でのセックスには指針がないから、対話と試行錯誤を繰り返して、何が心地いいのかを探っていく必要がある。それが満足感に結びついている」というような内容だった。
熱中できる趣味があれば他人に依存をせずに済む。人生の満足感を自分で確保できる。その上で居心地のいい人間関係を構築していく。この人と話していると楽しい、気がつくといつも一緒にいる。そういう人を同性、異性に限定せずに増やしていく。
ヘテロ恋愛のテンプレートを踏襲するよりも、「どんな人間関係が自分にとって居心地がいいのだろう?」と考えたほうが、結果として素敵な人たちに囲まれた生活を送れるかも知れない。
確信を持って言える訳ではないけれども、出会い系アプリに登録したり婚活をして既存の価値観に乗っかるよりも、ハードルが低いし満足度が高くなると思う。
・限界集落DCG! スペルスリンガー!
スペルスリンガーは面白いカードゲームなのだが素直におすすめしにくい。「リデザインされて現代的になったMTG」で、複雑化したMTGに比べると格段に取っつきやすい。かといってゲーム性が損なわれているわけではなく、MTGのエッセンスがぎゅっと濃縮されている。
「デジタル向けにあたらしくMTGを再発明する」というゲームデザインには好感が持てる。ルールも簡略化されているので初心者におすすめ!……と言いたいところなのだが、開始一ヶ月半の時点ですでにプレイヤー数が少なく、デジタルカードゲームの限界集落と化している。
自分は好きなんだけど一般受けはしないんだろうな……。でもおれはこの映画が好きなんだよな……。そんな微妙なポジションにあるゲームなので積極的に布教できない。そうだとわかっていても、いつ消えるかどうか定かではない地下アイドルを応援するような気持ちで推していきたい所存だ。
スペルスリンガーはデッキを組む行為が楽しい。カードプールは狭いが「AとBとCのうち、どちらが自分のデッキにとって最適か?」を延々と考えていられる。MTGや遊戯王の場合、カードの種類が多すぎるので「カード一覧を眺めながら試行錯誤してデッキを組み立てていく経験」を得るのが難しい。下手に自分でデッキを考えるよりも攻略サイトでコピーしてきた方が早い。それは楽だけどデッキを組む難しさと楽しさをスキップしているのでもったいない。
スペルスリンガーでは単純な勝ち負けやランクにこだわるよりも、悩みながら自分の思い描いたコンセプトをデッキに反映させていくプロセスを心ゆくまで味わって欲しい。失敗しても、弱いデッキにしかならなくても、トライアンドエラーを繰り返してデッキ構築の筋力が鍛えられていく。
一直線に環境デッキを構築するなんてことは他のカードゲームでやっていればいい。おれのかんがえたさいきょうのデッキを作るのが最高に面白い。
自分が使っているのはドムリの衝動的ドロー・グルールアグロデッキだ。溶鉄の僧院は「5ターン目以降、運がいいとカードを2枚ドローできる」という特性を持つ。この性能を最大限に活かして低マナクリーチャーを高速展開し、数での優位を築くデッキだ。
「攻撃クリーチャーの数に応じて、プレイヤーにダメージを与える」能力を持った地獄乗りで顔面に5点を叩き込む瞬間が最高に気持ちいい。そこまで強いわけではないが、自分のやりたいことが十分に反映されたデッキには愛着が湧く。
でもドムリくん、本編のMTGではもう死んでいるんだよな……。アジャニも団結のドミナリアでは完成化してしまったし、マイ推しの最強ババア枠プレインズウォーカー、ヤヤ・バラードも死んでしまった。ヤヤお婆ちゃんは最強ババア枠だから、少年漫画だったら最終決戦の時に颯爽と現れるに違いない。チャンドラがピンチの時に「やれやれ……できの悪い弟子を持つと苦労するねぇ……」とか言いつつ再登場するはずだ。神話レア・アーティファクトの力で若返り、全盛期の力を取り戻して、五本の指から稲妻を一斉発射してライフを15点削ってくるに違いないんだ……。そう信じたいけれどもMTGで初めての推しを途中退場させないで欲しい……。
もしかするとスペルスリンガーは団結のドミナリアに耐えられないユーザーのための疎開先なのかも知れない。敵の手に落ちたキャラや本編で死んだ子もこのお祭り世界では生きている。
以下、初心者向けガイド。
・初期デッキを回してレベル5まで上げるとチームに加入できるようになる。カード生成の素材をリクエストしてデッキを強化していこう。チームの活発度にもよるが、1日に2回アプリを起動してリクエストを送るだけでも、2日で1枚のペースでエピックのカードが手に入る。
ある程度放置していてもデッキの強化ができる仕様になっているのは嬉しい仕様だ。
・課金しなくても快適なのだけど、どうやって収益を上げているのか心配になる。
・最初はコモンとレアのコスパのいいカードを生成していれば十分に戦えるようになる。このゲームはコモンカードもいい仕事をするから侮れない。レアカード=強いという図式が当てはまらないカードデザインのバランスがよい。
実際、素材を1200消費して作ったゾーズー(4マナ0/4 速攻、攻撃する度に相手のマナ分パワーが上がっていく)よりも、コモンの凶暴な雑種犬(4マナ4/5 速攻)の方が体力が1高い分生き残り易いしな……。
・ここの記事を読んで使えそうなカードを生成していくとよい。
- 【Spellslingersデッキ紹介】赤単チャンドラアグロ【ランク上げに最適】 | おじょーゲームズ MTGアリーナブログ
・チャンドラのあとはドムリをアンロックする。「緑枠が無制限のチャンドラ」として扱えるので、生成したカードが無駄にならない。ドムリは「クリーチャーを五体出すと、軍用猪が追加で増える」という特殊能力を持っているので、盤面で有利を取りやすい。
・頻繁にゲームバランスが調整されて強キャラがナーフされる。
・いつまでサービスが続くのか分からないデジタルカードゲームの限界集落なので、日本語スペルスリンガー界隈は謎の結束力があるような気がする。
・とりあえずインストールしてみて触ってみよう!スペルスリンガー!
・初心者でもすぐに組める!赤単機械化戦バーン【MTGアリーナ スタンダード】
MTGアリーナで面白い赤単バーンデッキが活躍しているので紹介します。2022年11月30日での勝率ランキングが三番目という高性能なデッキながら、使うレアカードが少ないので初心者でも簡単に組めるのが特徴です。
赤単バーンに必要なワイルドカードは下記の通りです。
コモン…16枚
アンコモン…16枚
レア…5枚
神話レア…1枚
無料パックを剥いて、カラーチャレンジを終えた直後には必要なワイルドカードがほとんど集まっているはずなので、MTGアリーナをインストールしてすぐに環境デッキが作れます。
赤単バーンデッキは「自分のやりたいことを押しつけるデッキ」で、初心者にも使い方がわかりやすいのが特徴です。1ゲームに掛かる時間も短く、デイリークエストの消化にも向いているのもおすすめです。
赤単バーンで鮮烈なMTGデビューを飾りましょう!
- 【MTGアリーナ】[11/15更新] 最新プロモコード、コード入力方法まとめ:無料でパックや特典を大量入手しよう! | マジギャザ徹底攻略
- 【はじめてのMTGアリーナ】カラー・チャレンジ編 | マジギャザ徹底攻略
・デッキリスト
現在のMTGアリーナは日本語のデッキリストを読み込めないバグが残っているので、言語設定を英語にしてからインポートしたほうがいいです。
デッキ
22 山
4 稲妻の一撃
4 僧院の速槍
4 火遊び
1 勝負服纏い、チャンドラ
4 祭典壊し
4 無謀なる衝動
4 ヴォルダーレンの美食家
4 熊野と渇苛斬の対峙
4 フェニックスの雛
1 怪しげな統治者、スクイー
4 機械化戦
Deck
22 Mountain
4 Lightning Strike
4 Monastery Swiftspear
4 Play with Fire
1 Chandra, Dressed to Kill
4 End the Festivities
4 Reckless Impulse
4 Voldaren Epicure
4 Kumano Faces Kakkazan
4 Phoenix Chick
1 Squee, Dubious Monarch
4 Mechanized Warfare
・デッキの特徴
クリーチャーや火力呪文を「機械化戦」で強化して、相手のライフを削りきるシンプルな戦略のデッキです。軽量クリーチャーや火力呪文の打点を上げながら、一気に対戦相手を焼き尽くしましょう。
・キーカード

機械化戦……このデッキのキーカードで、赤とアーティファクトのダメージを1点増やします。複数盤面に並べることも可能で、デッキの攻撃力を大幅に底上げできます。
・その他のレア

・怪しげな統治者、スクイー……3マナ2/2速攻。攻撃する度に1/1のゴブリントークンを生成して攻撃の頭数を増やします。墓地のカードを追放して、戦場に戻ってくることも可能。

・勝負服纏い、チャンドラ……このデッキ唯一の神話レア。1点ダメージを飛ばしつつマナ加速したり、衝動的ドロー(山札の上にある赤のカードを唱えられる)でカードの引きを安定させられます。パイオニアの赤単バーンでも絶賛活躍中。
・注目のカード
機械化戦以外にも赤には良カードが揃っています。僧院の速槍、熊野と渇苛斬の対峙といった、下環境でも使われる優良1マナ呪文が使えるのが強みです。

・僧院の速槍……非クリーチャー呪文を唱える度に、ターン終了まで+1/+1の修整を受けます。速攻を持っており、強化しつつ敵を殴れる優秀なクリーチャーです。

・熊野と渇苛斬の対峙……1ターン目にプレイヤーとプレインズウォーカーに1点ダメージを飛ばし、2ターン目に自クリーチャーの強化、3ターン目に2/2速攻で殴っていける英雄譚です。追放効果もあり、本当にアンコモンなのかを疑うカードパワー。
・軽量クリーチャーと呪文たち

フェニックスの雛……1マナ1/1の飛行持ち。ブロックできないものの、空からちくちくと殴っていける。条件を満たすと強化されて墓地から復活するなどの嬉しい特殊能力も持つ。

ヴォルダーレンの美食家……1マナ1/1、登場時に対戦相手に1点ダメージ。同時に生成される血トークンは、1マナで多すぎる土地や不要カードを捨てて新しいカードを引き直せます。勝負を決するカードを引き込めるシチュエーションも多々あるので、多すぎる土地カードは場に出さず、交換用に手札に残しておきましょう。
派手な効果はないですが、縁の下の力持ちな印象のカード。

火遊び……1マナ2点ダメージ。対戦相手を対象にすると占術1を行える。「次に引くカードを見て、要らないと思ったら山札の下に置ける」という便利な効果です。

稲妻の一撃……2マナ3点ダメージ。火遊びと同様、対戦相手に直接ダメージを与えたり、邪魔なクリーチャーを排除するなど赤単には必須の火力。

祭典壊し……1マナ。各クリーチャー、対戦相手、プレインズウォーカーに1点のダメージ。機械化戦の効果でダメージが2点、3点と上がっていき、横並びした敵やトーンを根こそぎ焼き払えるときが最高に気持ちいい。

無謀なる衝動……2マナ衝動的ドロー。「今か次のターンに唱えないと、なくなっちゃうよ」というのが衝動的ドローです。衝動的ドロー呪文を唱えたあとに土地を置くと効率的なので覚えておきましょう。
・ここ最近の日記
# ここ最近の日記
・このブログも本来はどうでもいいことを雑多に書き散らしていくだけの非生産的な場所にしようと思っていたが、長文を書くとそっちが平均点になってしまって気軽に投稿できなくなる。意味のあることを書くな。おれの言っていることに「ちんちんぴろぴろりーん♪」以上の情報量は無いぞ。こんなところで時間を潰していないでAmazonプライムビデオで楽しい作品を観よう。
・岬のマヨイガ
- Amazon.co.jp: 岬のマヨイガを観る | Prime Video
強いババアが出てくるのはいい作品の証拠だ。日本の児童向けファンタジーだが構造的にはニチアサの魔法少女ものとほぼ同じだ。というよりもおジャ魔女どれみもプリキュアも、この作品が下敷きにしている民話のアーキタイプから派生したものであると言える。
魔法少女に変身こそしないが、人の心の傷口に忍び寄る何か得たいの知れない「モノ」を鎮める。それが昔から魔法少女が行ってきた役割だ。
おジャ魔女どれみ20周年記念作品『魔女見習いをさがして』も、「魔法の無い世界で、魔法を使うということ」の話だったな。
・自分は機動戦士ガンダム水星の魔女で、新キャラのボブがいかに可愛いのかしか喋りたくないんだ。地位も何もかもをなげうって、田舎でボブと一緒に安らかな人生を送りたい……。美味しいポトフを作りながらボブが帰ってくるのを待っていたかった。
でもボブはほんらいならこんなところにいていいはずの人ではないので、何があっても優しく受け止めて、送り出さないといけないんだ。ボブ、お前に一体何があったのか知らないし、聞こうとも思わない。だがな、おれたちはお前の味方だぞ……。
・フレンドが「トレンドにキャッチアップして若い感性を保つように心がけている」と言っていて感心した。おれはと言えば精神年齢が小学生にまで退行してコロコロコミックのオンラインまんがを毎週楽しく読んだり、デュエルマスターズのデッキを組んでいるなどしている。
コロコロコミック面白いんだよ……。運命の巻戻士はタイムループSFで、最近ではアンドロイド少女と病弱少女のエピソードが展開されている。「大切な人を助けるためなら何万回だって時間を巻き戻す!」小学生のときからこんな真っ直ぐで尊い感情でぶん殴られたら、清く正しい百合オタクになってしまうだろ……。
あと読んでいるのは、カシバトルとウソツキ!ゴクオーくん、ブラックチャンネル、リッチ警察キャッシュ!あたりだ。ゴクオーくんはスーパーダーリンなので夢女子目線で読んで……。嘘じゃ無いから……
・MTGで忙しくてMTGで遊ぶ時間が無い。何を言っているかわからないが自分でも理解できていない。統率者戦スターターデッキをどう改造しようか悩んでいるので、MTGアリーナのデイリーをこなす時間が無い。エクスプローラー・アンソロジー2が導入され、紙でしか使えなかった優良カードがデジタルに対応したので、それに合わせてデッキを調整する必要がある。そういえば兄弟戦争でたまたま集まったレアと今回の再録カードを組み合わせれば白青黒人間兵士デッキ作れそうだし、以前に作ったデッキもアップデートしないとな……。(こうやって無限にデッキが増えていく)
デッキは作ってもそこで終わりでは無くて、メタゲームに合わせて改良したりメンテナンスする必要が出てくる。いつの間にかデッキを増やしてしまったので、アップデートやメンテナンスが発生しているのでおれの管理能力を超えてしまった。
メタゲームと相手の思考を読んで、敵の切り札に対策カードをぶっ刺した瞬間こそがカードゲームの華。この間は「スペル踏み倒してクリーチャーたくさん展開するでー」という相手のデッキに対し、「踏み倒したらプレイヤーに5ダメージを与えるエンチャント置きますねー」と的確なカウンターを喰らわせた。綺麗なクロスカウンターが決まり脳が快楽物質で満たされる。
・MTG英語学習法
MTG関連で海外サイトを参考にすることが多くなったので、どうせなら英語学習に役立てようと思い、MTG英単語リストを作っていた。これはカード名やフレーバーテキストに使われている英単語をアルクの標準語彙水準SVL12000でレベル分けして、語彙を増やしていこうという目論見だ。カードゲームの知識を付けながら英語力も鍛えられる。天才のひらめきだ。オードリー・タンもやっていた学習方法である。
・催眠アプリおじさん異能バトル編:オリジン
催眠アプリおじさんも「スマホの画面を見せることを制約に、相手の行動と思考を自由に操れる念能力」と考えると実戦向きではないよな。条件が整えば強力な操作系能力だが、スマホの画面を見せるという条件を達成するのが難しい。一般人レベルなら造作の無いことだが、敵は軽率にスマホの画面を見てはくれないだろう。操作系能力の難しいところだ。
催眠アプリおじさんとして異能バトルの世界で生き残ろうと思った場合には、どういう風に振る舞うのが正解か。まず第一に考えられるのは「一般人を催眠アプリで操って攻撃させる」タイプの運用法だ。人が密集した市街地で催眠アプリで人を操る→そいつらで敵を攻撃する→その隙に別の人間を催眠アプリで操る。もしくはあらかじめ催眠状態にしておいた人に爆弾を括り付けて自爆させるといった応用方法が考えられる。搦め手で攻めるのだ。
もう一つは自分に催眠を掛けてリミッターを解除する。るろうに剣心の鵜堂刃衛も似た技を使っていたし、ある意味この人も催眠アプリおじさんである。自分を操作するのもスタンダードな催眠アプリの使い方だ。
でもどう考えても戦闘向きの能力ではない。サポートメンバーとして捕らえた敵から情報を引き出すなどの役割に徹した方がスマートだ。
ここで注意しておかなければならないのは、力を私利私欲のために使うのは敗北フラグであるという点だ。大いなる力には大いなる責任が伴う。言うまでも無く催眠アプリはエロいことに使えるのだが、自分の欲望に溺れて目先の快楽を追求するのは敗因となりかねない。可愛い女の子を思い通りに操りたい気持ちはわかる。だがそれだけがお前の望みか? 催眠アプリという無限の可能性を秘めた力を手にしたのだから、性欲だけでは無くて権力と富、支配力も欲しいとは思わないのか。
戦闘に特化したり、組織のサポート要員よりも催眠アプリの力を駆使してカルト宗教の教祖になるルートが個人的なおすすめだ。催眠アプリで操るのはあくまでも初期の段階で、教義や洗脳を継続させることで催眠アプリを使っていない状態でも自発的に自分のために動いてくれるような狂信者を何百人も育てられるかどうかが、催眠アプリおじさんの腕の見せ所だと思う。
新興宗教やカルト宗教の手法を活用して組織を大きくしていき、政界や経済界への影響力を強めていけば催眠アプリで世界征服をするのも夢ではないのではないか。催眠アプリ教団の教祖になろう!
ここまで催眠アプリおじさんとして生き残る術を考察してきたが、本当にこの生き方でいいのか。異能バトルの世界で邪悪な敵役になるよりも、ヒロインのピンチに命を張るタイプの熱い催眠アプリおじさんになりたくないか? 惚れた女のために死ぬのは異能バトルの最燃えポイントだ。おれには「イケメンが自分のために命を投げ捨てて欲しい」という性癖がある。命がけで戦ってくれたら、催眠アプリおじさんもイケメンだ。このエピソードで読者人気投票で16位ぐらいには食い込みたい。
最初はヒロインの心を催眠アプリで操っていたおじさんだったが、心まで自分の所有物にできるわけではない。いつも心の深いところには主人公への愛情があって、催眠アプリでも感情を上書きすることはできない。主人公を倒すための人質として利用するつもりだったが、非催眠状態のヒロインに優しくされることで催眠アプリおじさんの心に暖かい気持ちが芽生える。
これまで人に優しくされたことが無かった。無償の愛情などこの世界には存在しないと信じてきた。催眠アプリの異能に目覚めたのは、人への愛情に飢えていたからだ。たとえそれが催眠アプリのもたらした偽りの関係だったとしても、おじさんは誰かから優しくされたかった。
その心に付け込まれ催眠アプリおじさんはヴィランへと道を踏み外したが、彼もより強大な悪に操られる捨て駒に過ぎなかった。役割を終えた催眠アプリおじさんはラスボスたる常識改変アプリおじさんに消されそうになる。常識を改変できるものは思想や宗教、歴史も思い通りに改変できる。
絶体絶命のおじさんを庇ったのは、人質にしていたはずのヒロインだった。どうして酷いことをした自分のために戦うのか? 純粋な疑問をぶつけるが「人を助けるのに理由はいらない」とだけ返される。
自分では無い誰かのために戦わなければならない。たとえ敗北することが分かっていても、男には立ち向かわなければならないときがある。催眠アプリおじさんに正義の心が芽生える。
常識改変おじさんに真正面から立ち向かっても勝ち目は無い。今の自分にできるのは時間稼ぎだけだが、ヒロインを守れるのならそれでいいと催眠アプリおじさんは思う。最後にヒロインに掛ける催眠は「逃げろ。そして、おれのことを忘れて幸せになってくれ」だった。
おじさんは自分に催眠を掛ける。脳のリミッターを外し、超人的な力を得る。その代償として筋肉は引きちぎれ、衝撃に耐えきれず骨は砕ける。敵の攻撃を回避するために感度を極限まで上げることで、死よりも苦しい痛みが全身を駆け巡る。
力を使い果たした催眠おじさんは死んだ。傷だらけだったが、彼の表情は安らかだった。まるで同人催眠音声の導入部だけを聞いてそのまま眠ってしまったかのように……。
・にっきちょー(2022年12月25日)
・自己肯定感の話
自己肯定感の上がるコミュニティや人間関係を優先したほうがいい。お前の言っていることは正しいのだろうけれども、自信を無くし、劣等感に苛まれ、生命力が減退していくような人間関係だったら、距離を置いた方が楽に生きられる。
肯定してくれたり、褒めてくれたり、嬉しくなったり、ポジティブな気分を贈ってくれるタイプの人間関係は貴重で、「何一つとして問題は解決していないんだけど、こいつといると気が楽になるなー」と思えるやつは大事にしたい。
世の中には「肯定感イーター」みたいな人種が混じっていて、関わる度に自己肯定感が吸い取られていく。自覚あるのかどうかはわからないし、善意で指摘してくれているのかも知れない。あるいは人の自己肯定感を損なうことでマウンティングしたいタイプの可能性もある。でも、こいつと関わると自分の中で何かがそぎ落とされていくような感覚になるのなら、直感に従ったほうがボロボロにならずに済む。
まずは自己肯定感優先でいいと思うんよ。
・ビューネくん
イケボのフレンドに格好いい台詞をリクエストしたかったが、おれには女性向けコンテンツの文脈を知らなかった。女性向け同人音声を聞いたこともなければ乙女ゲーもやったことがないので、イケメンにどんな素敵なイケ台詞を喋るのかわからない。どうしたらいいんだ、おれは……。
「もししーのちゃんが女の子として生まれていたら、どういうイケメンに台詞を囁かれたい?」とフレンドがたずねる。
「ビューネくん(即答)」
人生に疲れているときにビューネくんに優しく癒やされたい。日曜の朝に「おはよう。いつも仕事で疲れているだろうから、今日はゆっくり寝ていていいよ。朝ご飯は僕が作るね。ベーコンエッグとオムレツ、どっちがいいかな?」って言われたい。
市場の流行は知らん。おれはビューネくんに抱かれたい。そう思ったらイケメンに言わせたい台詞が湧き上がってきた。フレンドは確か、かわいそうな生き物を哀れむ声で「そう……」と言った気がする。
今まで授乳カフェのママをやっていたが、もしかすると母性ではなくてビューネくん的な何かを求めていたのかも知れない。イケボのキャストだけを集めて、「おつかれさま。今日も頑張ったね……」と抱き締めてくれるビューネくん喫茶みたいなイベント、どこかにあったら教えてくれ。
もしくはイケボに自信のある人はTwitterに動画を投稿して欲しい。包容力のある家庭的なイケメンがこの世界には不足している。わずかなイケボで救われる命がある。頼むよ……後生だ……誰か、おれのビューネくんになって……。
・今までVRChatの初心者案内をするときには初心者でも参加しやすいイベントを紹介したり、綺麗なワールドやアバターの試着ができるところを連れ回していたけれども、この方法で大丈夫なのかな……。
むしろ真っ当な初心者案内をするよりも、「授乳」「サキュバス酒場」などのパワーワードでぶん殴って強制的にVRSNSの住人として目覚めさせた方がいいのではないのか。ハンター×ハンターの念修行編で、ゴンとキルアが外法と呼ばれる手段で無理矢理に念能力者として覚醒させられたように、眠っていた性癖をこじ開けるのだ。
参加しやすいイベントを紹介したり、手取り足取りUnityの使い方を教えるのでは無くて、まずは己の性癖に向き合わせる。歪んでいてもいい。お前の性癖がお前の旅路を導く羅針盤になる。ここはメタバース。現実にはないすべてがここにはある。ロリサキュバスに馬鹿にされながら踏まれたいのなら、それがお前の永久指針(エターナルポース)だ。もしそんなイベントが無かったら自分が主催者になればいい。
・センチメンタルVRC、めるる坂たるとちゃん編
昔のめるる坂たるとちゃんはお淑やかなVRChatユーザーだった。New Userだったころは美少女アバターの下着が見えるだけで恥ずかしがっていて、「僕には可愛い女の子のアバターなんて似合いませんよ……」とよく口にしていた。
はじめはデスクトップ勢で、パブリックをうろうろしていたのを初心者案内に誘ったのが出会ったきっかけだった。
他にいくところがないようで、inするたびに自分のところにJoinしてくれる。人なつこい子犬のような子だったので、ちょくちょくめるる坂たるとちゃんを構うようなっていた。フレンドからは「New Userをプラベに連れ込まないでくださいね」とか「普通は不用意に撫でたりしないんですよ」と釘を刺されていた。「嘘だろ……おれがNew UserだったVRChat歴一週間目ぐらいのときには、ひたすらお耳を撫でられていたぞ……?」と反論するが、「それはしーのさんのコミュニティが特殊なだけです」と返された。
めるる坂たるとちゃんはまだVR慣れしていない。Trustedにもなると砕けた口調になるが、始めたばかりのユーザーは先輩に使うような敬語で喋る。自分にもまだこんな風に純粋で何も知らない頃があった。
いまではVRChatでどんな相手にもフランクに喋る癖がついてしまい、現実で年上の人と喋ったあとに同い年の友人から「しーのさん、その人先輩ですよ!?」とか言われるし、一人称が私になった。
おれはめるる坂たるとちゃんが慕ってくれることに居心地の良さを感じていた。だが狭い人間関係に留めておくのはよくないと思い、初心者が参加しやすそうなイベントを紹介していた。
数週間も経つとめるる坂たるとちゃんは他の人間関係をうまく構築できたようで、おれにinする頻度が少しずつ減っていった。時々Twitterに流れてくる近況を見る限りでは元気にやっているようだ。最初はソーシャルゲーム用のアカウントだったがVRChatの写真が増えていった。
ある日、「この子に一目惚れしちゃった!」というツイートとともに、新発売のアバター画像が流れてきた。狐々夏ちゃんアバターのクリエイターさんによる新作、冬兎(とう)ちゃんだ。真っ白な髪の毛と赤い目、兎耳の女の子である。物静かでミステリアスは雰囲気で、第一印象は「雪山で出会ったら魂を抜かれて、次の日には凍死体で発見されてそう」だ。Boothの紹介には「清楚そうな女の子」と書かれているが、あくまでも〝清楚そう〟でしかない。
めるる坂たるとちゃんは、冬兎(とう)ちゃんのアバターを着たいがためだけにヘッドマウントディスプレイを買ってVRデビューを果たした。久々にVRChatで再開したときには名前もアバターも変わっていた。初期の頃に使っていたハンドルネームではなくて、彼はめるる坂たるとちゃんと名乗るようになった。ボイチェンも練習中だと言う。
その頃からめるる坂たるとちゃんは自撮りおはようツイートをかかさず投稿するようになった。以前のように女の子になった自分を恥じらっている様子は無く、可愛らしい写真を撮っている。
VRChatユーザーには珍しいことではない。沼に嵌まって、おれよりも性能の高いゲーミングPCを新調し、いつの間にかフルトラ勢になっていた。Blender改変やUnityも自分以上に使いこなしている。
めるる坂たるとちゃんは変わっていった。最初は可愛らしい少女のアバターを着て喜んでいたが、徐々に衣服の布面積が減っていった。ハロウィン改変のときにコウモリの羽根と尻尾を付けているだけで満足していたはずだが、なぜか淫紋を付けて男サキュバスになってしまった。
きわどい格好の写真を投稿したり、バランスボールで運動している動画をアップロードし始めた。頬を赤らめたハート目でベッドの上で腰を動かしていたり、美味しそうにアイスキャンディーを舐めている日もある。それを閲覧する度に古い記憶が塗りつぶされていく。彼女はおれの知っているめるる坂たるとちゃんではない。下着が見えるだけで動揺していたあの子はもういない。
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