自己紹介とはいっても、自己の概念があいまいなので紹介できるようなものはない。自閉スペクトラムの人間は自我の境界線が曖昧であり、生涯にわたって自分が何者であるのかを探求し続ける。
人間世界の言葉を喋るときには、それが台本であるような感覚になる。人間の世界で、人間の役を演じる。台本は与えられていないので、その舞台の上でそれらしい振る舞いをでっち上げなければならないのだが、その結果として生み出されるのは「まがいものの自分」だった。
人間の世界で、人間を演じ続けている間に、その偽物の人間に自分が飲み込まれてしまう。一つ一つの言葉を喋るたび、身体を動かすたび、それが自分の皮膚とは馴染まない異質なもので、着ぐるみに近いものに感じられる。
背中に付いたチャックの部分から、もうひとりの自分が流れ出してしまうときもあるのだが、それは人間の台本を演じる上では邪魔なものだ。
そういう風に考えると、精神を病むまで一直線だ。まず確固とした自我がない。自分が流動体という感じがする。自分が形を失った水のようなものになって、どろどろに分解されていく。
でも人間の世界にいると、流動体であり続けるのは難しい。常に自己を固形化して、かたちのある人間にならなければならない。設計図通りに作り上げられたコンクリートの建築物みたいに、自分というものを日々築き上げなければならない。延々とリスト化された「私は○○である」の積み重ねが「私」になる。その価値観に違和感を覚える。
「私は○○である」という言葉を発した瞬間に、それが自分を縛る呪いになる。仮面を被っている間に顔と仮面が一体化して離れなくなるみたいに、「私は○○である」という自己定義の虜囚になる。それは私にとっては不自然なことに思える。自分が何者か分からない以上、自己紹介は不可能だ。自己紹介、おわり!
……というわけにもいかないので、アニメ・スロウスタートの一ノ瀬花名(いちのせ はな)を紹介する。以下ハナちゃんと呼ぶ。このハナちゃんは呪いにかけられていて、自分の目に見えるものをマイナスに変換してしまう。