こりゃ英和を購入した。

英文に日本語のルビをつけてくれる訳振りパッドが目当てだ。英文読解に費やす労力のほとんどは単語を辞書で引くことだ。クリックで電子辞書を検索できるようになっても、クッキークリッカーのごとく延々と見知らぬ単語をクリックしなければならない。ボタン一つで仕事が終わるようなら、今度はボタンを押し続けることが仕事になる。
英単語を見て、これは日本語でこういう意味だよね、と読解するまでに若干のタイムラグがあって、漢字を読むようにダイレクトに読めない。
訳振りパッドは便利なツールで、辞書引きの労力を大幅に削減してくれる。まず使われている単語から文章全体の雰囲気を感じ取ってから、実際の英文を読んでいく。

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アイドル天皇・デモクラシー編

「教育勅語も核になる価値観や、現代でも通用する道徳はとりもどしていかないといけないよね」と発言した政治家が炎上した。罪状は不敬罪だ。天皇陛下のお言葉である教育勅語を貶め、臣民としてのあり方を道徳にまで矮小化する。キリストを欠いた聖書、アッラーのいないコーラン、天皇陛下に忠誠を尽くさない教育勅語だ。右翼は堕落した。真の保守はどこにもいない。
我らが日本国臣民の精神的骨格は自己犠牲の上に成り立っている。大義のため、国のため、家族のため、郷土のため、自分自身よりも大きなもののために自分の命を投げ捨てることもいとわないという利他的な精神を涵養することが日本人としての義務であり、誇りである。
左翼は人権軽視だとか教育勅語による洗脳だとか難癖をつけるが、それにも一理がある。自己犠牲の精神が為政者にとって便利な支配の道具になってしまったことは否定できない。だがその一点だけですべてを否定するのは妥当だろうか。
自分自身を価値判断の軸にするのではなく、公的なもの、家族、郷土、国家を中心に据える。そのことで我々は利己的な振る舞いの牢獄から脱出し、人間として成熟することができる。何も天皇のために無駄に命を投げ捨てろと言っているのではない。それではただの集団自殺だ。
この価値観は日本だけに特有のものではない。聖書にも『もし一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。しかし死ねば、豊かな実を結ぶ。自分の命を大切にするものはそれを失い、この世で自分の命を顧みないものは、それを保って永遠に至る。(新約聖書 ヨハネによる福音書 12:24)』と書かれており、この言葉はしばしば犠牲を正当化するために使われてきた。

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ヘイトスピーカーのために。

おれはヘイトスピーチのデモ動画を見て、思わず祈ってしまった。差別的な言葉を叫んではいるが、それが憎悪や暴力であるというよりかは誰かに助けを求めているように聞こえた。やつらはヘイトの中で苦しんでいる。でも自分でも苦しんでいるとは気がついていない。
おれはヘイトスピーカーが傷ついた獣のように思えた。攻撃的な言葉を振りかざすのは、他者を攻撃することでしか自分の身を守れないからだ。表面的に見ると紛れもないヘイト発言でしかないのだけれども、おれにはそれがリベラル思想に対する失意の声に聞こえた。
それは「おれ以外のための民主主義とリベラル」に対する呪詛だ。

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きららファンタジア幻視編

きららファンタジアを幻視する日々が続く。
おれは待ちに待ったきららファンタジアの出来の悪さに憤慨していた。魅力的なキャラクター!……を台無しにする、全てがなんとなくで組まれているゲームバランス! このような現実を真っ正面から受け入れられないおれは心の中で、この世界に存在しないきららファンタジアをプレイすることで現実逃避し、自分の心を守ることで精一杯だった。
これはおれのプレイ記録である。

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LGBT+と「言葉に置き換えられない自分/他者」

・LGBT+と「言葉に置き換えられない自分/他者」

『13歳から知っておきたいLGBT+』という本を読んでいた。男女の区別だけではなくてゲイ、レズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダー、アセクシャル、クィアと言った様々なジェンダーアイデンティティーが紹介されるのだけれども、その数が多い。バイキュリアス、トライジェンダー、ジェンダーフルイド、デミセクシャル……。LGBTがLGBTQになり、LGBTQIA+になって、ジェンダーアイデンティティーの概念がどこまでも拡張している。
彼や彼女ではなくて、性別的に中立な代名詞(Gender neutral pronouns)というものもある。性的指向と恋愛対象となる性別に違いがある場合もある。

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屑人間になろう! 実践編。

屑人間になる方法は、学校では絶対に教えてくれない。奴らがおれたちに教えるのは、社会に役立つ人間になるとか、立派な人間になるとか、誰かのために生きる人間にならなければならないということだけだ。誰かの役に立つのは結構なことだが、自分の存在理由を他者に丸投げするのは好ましいことではない。それでは承認欲求モンスターになったり、最悪の場合は他者のために生きられないがために自殺する。
社会の役に立つというのは、「お国のために奉公する」というフレーズを言い換えたものだ。大日本帝国は滅んだが自己犠牲精神だけはしぶとく生き延びた。皇国日本の臣民としてお国のためにその身を捧げるのか、戦後民主主義日本のビジネスパーソンとして社会に役立つ人材になるのか。違う言葉を使っていても、語られていることは同じだ。おまえはおまえ以外の誰かのために隷属して生きなければならない。
屑人間になるということは、自分自身のために生きるということだ。社会の役に立たないし、立派な人間にもならない。人のためには何もしない。誰のためでもなくまず自分自身の幸福を最優先にする。それが屑人間化計画のファーストステップだ。自分を大切にできないやつが他人に優しくなれるはずがない。
この価値観は戦前では非国民扱いされるだろうし、現代社会では屑人間の烙印を押されて生きることになる。おれが好きな第二次世界大戦時の生存テクニックは、「アウシュヴィッツではまじめに働くよりも、徹底的に仕事をさぼって殴られた方が体力の消耗が少ない」という話だ。看守に殴られないように必死に働いたやつから疲労で死んでいく。満員電車の乗車率が常時アウシュヴィッツ輸送列車を超えるとされる日本でも、間違った方向で頑張ったやつから死んでいく。

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ロヒンギャの斬首画像を探していた。

ここ数年、テロリスト過激派の斬首画像が見つからないので悲しい。昔はtwitterでイスラム国のアカウントをフォローしていれば、処刑画像も斬首画像もだいたい手に入ったのだが、ヘイトスピーチもイスラム国のプロパガンダも規制されてしまったので、深刻な斬首画像不足に悩んでいる。
空爆された市民が廃墟になった街をアップロードしたり、道ばたに転がる名前も知らない人の死体を写したりしたコンテンツが観たい。そこまで熱心に観たいわけではないのだが、西洋民主主義の価値観に馴染まないものが過剰に浄化されているような気がする。

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ようじょ首相!

ある朝、日本国総理大臣が目を覚ますと幼女になっていた。
幼女首相である。未来を担うこれからの世代はまだ投票権を持っておらず、発言もままならない。しかし首相が幼女になることにより、この子が大人になる頃にはどんな社会になっているかと、人々は思いをはせずにはいられなくなり、自ずと数十年先の未来を見据えなければならなくなる。
また日本には女性の国会議員が少ないことが問題視されていたが、首相が幼女化することで女性議員の比率が大幅に向上した点も、先進的な取り組みとして国際社会にアピールできた。オーストラリアでは女性首相が産休を取って話題を呼んでいたが、本邦は世界初の幼女首相だ。

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棋譜ぅで見つけた囲碁の棋譜リスト。

棋譜ぅで見つけた囲碁の棋譜リスト。

・武宮の三連星好局集(※棋譜ぅで見つかったものだけ。)

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自己紹介をする気が無いので、代わりにスロウスタートの一ノ瀬花名ちゃんを紹介する。

自己紹介とはいっても、自己の概念があいまいなので紹介できるようなものはない。自閉スペクトラムの人間は自我の境界線が曖昧であり、生涯にわたって自分が何者であるのかを探求し続ける。
人間世界の言葉を喋るときには、それが台本であるような感覚になる。人間の世界で、人間の役を演じる。台本は与えられていないので、その舞台の上でそれらしい振る舞いをでっち上げなければならないのだが、その結果として生み出されるのは「まがいものの自分」だった。
人間の世界で、人間を演じ続けている間に、その偽物の人間に自分が飲み込まれてしまう。一つ一つの言葉を喋るたび、身体を動かすたび、それが自分の皮膚とは馴染まない異質なもので、着ぐるみに近いものに感じられる。
背中に付いたチャックの部分から、もうひとりの自分が流れ出してしまうときもあるのだが、それは人間の台本を演じる上では邪魔なものだ。
そういう風に考えると、精神を病むまで一直線だ。まず確固とした自我がない。自分が流動体という感じがする。自分が形を失った水のようなものになって、どろどろに分解されていく。
でも人間の世界にいると、流動体であり続けるのは難しい。常に自己を固形化して、かたちのある人間にならなければならない。設計図通りに作り上げられたコンクリートの建築物みたいに、自分というものを日々築き上げなければならない。延々とリスト化された「私は○○である」の積み重ねが「私」になる。その価値観に違和感を覚える。 「私は○○である」という言葉を発した瞬間に、それが自分を縛る呪いになる。仮面を被っている間に顔と仮面が一体化して離れなくなるみたいに、「私は○○である」という自己定義の虜囚になる。それは私にとっては不自然なことに思える。自分が何者か分からない以上、自己紹介は不可能だ。自己紹介、おわり!

……というわけにもいかないので、アニメ・スロウスタートの一ノ瀬花名(いちのせ はな)を紹介する。以下ハナちゃんと呼ぶ。このハナちゃんは呪いにかけられていて、自分の目に見えるものをマイナスに変換してしまう。

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